2  マシュケル攻略

「わかってるよ……カグラーン!」


 リューンは雷鳴団の軍師にして、異父弟である男の名をよばわると言った。


「しっかし……略奪禁止だなんて、つまんねえ戦だなあ。なんかこう、ガイナス王らしくねえっていうか……」


 リューンは舌打ちした。


「あの馬鹿野郎、レクセリア姫を破った戦のときは捕虜まで皆殺しにしたっていうのに……なんていうか、妙にせこくなりがって」


「馬鹿!」


 カグラーンが顔をしかめた。

 ぐいと兄の長い髪をひっぱり、背伸びをして耳打ちする。


「こんなところで、雇い主のガイナス王を馬鹿呼ばわりしてどうするんだよ。ここまで頑張ってきたのに、せっかくの俺たちの計画を台無しにするつもりか?」


「けっけっ」


 リューンは派手に舌打ちした。


「わかってるよ……くそ、しかし面倒っていうか、気の長い話だよな……本当に、こんなことで王女様のもとに近づけるのか?」


 彼の言う王女とは、アルヴェイア王国第二王女、「アルヴェイアの戦姫」とも称されるレクセリアのことである。

 先年のヴォルテミス渓谷の戦いで、彼女は自ら投降し、捕虜となった。

 実をいえば、リューンたちがガイナス王のもとで戦っているのは、決してガイナスの味方をするためではない。

 また、傭兵として稼ぎたいから、というのとも違う。

 彼らの真の狙いは、傭兵として名を売り、グラワリアの王城「紅蓮宮」に出入りできる立場をつくることにあるのだ。


「ま……確かに気が長いっていやあ、長い話だがね」


 カグラーンが言った。


「どうせ俺たちは傭兵なんだ。これなら金だって稼げるし、兄者の大好きな戦だってできる。一石二鳥、いや三鳥ってものだろ」


 確かに、弟の言う通りではあった。

 カグラーンは、かなりの知恵者である。

 雷鳴団がこのマシュケルで武名を轟かせたのは、彼の発案になる幾つもの策、そしてひそかな「宣伝効果」によるところが大きい。

 彼らの究極的な目標は、紅蓮宮に軟禁されているレクセリア王女の救出にある。

 もしこれが叙事詩かなにかであれば、勇者役のリューンは単身で紅蓮宮に潜入し、見事にレクセリア王女という囚われの姫を助け出すだろうが、あいにくと世の中がそんなに都合よくいかないことをカグラーンは知り抜いていた。

 そこで彼が呻吟したあげく考えたのが「まず内戦で傭兵としての名を売り、紅蓮宮に出入りできる立場を築くこと」だったのである。

 もともと、ガイナスは王というよりは、一種の戦争狂のようなところがある。

 そのため、というべきか、古い身分差などには一切捕らわれず、また戦争で有効としれば、異国の邪教徒であろうが「兵器」として使う度量を備えている。

 たとえば、彼は一頃、北方のシャラーンの地から追放されてきた、火炎と破壊の神クーファーの僧侶たちを大量に集め、有効な戦力として活用してきた。

 それそこが、カグラーンのねらい目である。

 事実、ガイナスや貴族諸侯だけではなく、多くの軍功をたてた高名な傭兵隊長などが、紅蓮宮には当たり前のように出入りしているという。

 このあたり、伝統や因習に縛られた、たとえばいまのアルヴェイアなどではまずありえないことではあったが、ガイナスは能力主義者であり、戦に役立つ者であれば誰であれ分け隔て無く紅蓮宮に招くという。

 だとすれば、まずガイナス王に「非常に仕える手駒」ということを見せつけるしかない。

 そのための戦場は、グラワリア内戦のいたるところにある。

 なかでもこのマシュケル攻略戦は、戦局を左右するような重要な戦場である。

 ここでかくかくたる戦果をあげれば、必ずガイナスの目にとまる。

 カグラーンはそう踏んだのだった。

 実際、リューンやカグラーン、さらにはかつての「雷鳴団」時代からの部下たちの活躍で、いま雷鳴団といえば、グラワリアでもっとも恐ろしいアルヴェイア人傭兵団として名を馳せている。


「まあ……だからこそ、もう一踏ん張り、ここでがんばらなきゃいけないわけだ」


 弟の言葉に、リューンはうなずいた。


「わかってるって! ここで派手に、一暴れすればいいんだろ?」


 リューンは体のなかがうずうずするのを感じていた。

 とはいえ実は、攻城戦というものは野戦に比べ、地味な戦になることが多い。

 特に兵糧責めなどは、ただ待っているだけ、などということも珍しくはない。

 その点、リューンたちにとって幸いなのは、いかにもガイナス王らしく、マシュケル攻略は力押しの戦となったことだった。

 攻城の際、まず外側の堀や城壁をなんとかしなければならない。

 ガイナス王は、まずマシュケルの東側に掘られた、グラワール湖からの水をひいてある堀の一部を、土砂や木材、石、あるいは牛馬の死体などで埋めてしまった。

 このあたりは攻城戦の基本である。

 続いて、堀の埋められた部分の上に、何基もの攻城塔が櫓のように組み上げられ、城壁に近づけられた。そこから上に昇り、城壁の上の兵士たちと戦うというのは攻城戦の定番ではあるが、これを実際に行うのはきわめて困難である。

 なにしろ攻城塔をくみ上げている間、敵兵はなにもしないわけではない。

 城壁の上から弓や石弓の矢がひっきりなしに飛んでくるのは当然として、大きな石だの、熱した油だの、瀝青だのが降ってくるのだからたまらない。

 城壁の外は、まさに地獄絵図である。

 だが、その地獄のなかでカグラーンの的確な指揮のもと、恐れをしらぬ雷鳴団の兵たちは素早く攻城塔を城壁の外にくみ上げると、そこから城壁の上の兵士たちに攻撃を仕掛けた。

 むろん、多大な被害は出たが、最初に攻城塔の設置に成功したということで報償もずいぶんと出た。

 そうなると、我も我もとばかりに他のアルヴェイア人傭兵隊から、雷鳴団に新たな兵が流れ込んでくる。

 こうして、いわば強引な押しまくりの戦術でマシュケルに詰めたスィーラヴァス兵を圧倒し、ついには戦況は、大型の破城槌を東の城門の前にまで持って行くところにまできていたのだった。

 破城槌で城門の扉を壊してしまえば、そこからマシュケル市街になだれ込み、一気に攻城戦は終局を迎えることになるだろう。

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