第二章 異邦の傭兵

1  攻城戦

 マシュケルの都はグラワリアの中央に位置するグラワール湖の南西隅に面した都市だった。

 人口は二万ほどの、この時代としてはかなりの規模を持つ都市である。

 マシュケルの都はまた、戦略上の要衝でもあった。

 この都は南から流れるマシュク河の河口東岸にあるのだが、河を挟んで東側が現グラワリア国王、火炎王とも称されるガイナスの支配地域である。

 だが、河の西岸より西は、ガイナスに敵対する王弟にしてグラワール公たるスィーラヴァスの支配地域なのだ。

 この五年にわたるグラワリア内戦で、マシュケルは幾度もガイナス、スィーラヴァスそれぞれの軍による占領を受けていた。

 地理的な意味だけではなく、マシュケルという都市の持つ機能も、両軍にとって重要な意味を持っている。

 マシュケルは、グラワール湖で使われる船の造船と、武具の生産で名高い都市なのだ。

 そのためこの都の領有は、そのまま両軍の勢いを示す一種の象徴、と見なされていた。

 現在は、スィーラヴァス軍がマシュケルを占領している。

 とはいえ、それもいつまで続くかわからない。

 すでに一万を超えるガイナス軍が、マシュケルの都を包囲していたのだ。

 スィーラヴァス軍は一ヶ月にわたる籠城を続けていた。

 都市の高さ三十エフテ(約九メートル)を越える城壁の外側には、ガイナス軍が設けた攻城塔が何基も設置されている。

 十重二十重に包囲され、すでにマシュケル防衛に当たっているスィーラヴァス軍は、壊滅寸前といった有様だった。

 このマシュケルの包囲戦で、特にガイナス軍側の傭兵たちは、獅子奮迅の戦いぶりを見せていた。

 なかでも、アルヴェイア人傭兵たちの獅子奮迅ぶりは、スィーラヴァス軍将兵の恐怖の的となっていた。

 なにしろ同国人同士の内戦である。

 そもそも国王と王弟の争いであり、場合によっては兵士も兄弟同士が両軍に分かれて戦っている、などということも珍しくなかった。

 凄惨になりがちなのが内戦の常だが、さすがのグラワリアの人々も兵も長きにわたる不毛な戦に疲れ、士気もあまり高くはない。

 それに比べ、アルヴェイア人傭兵からすれば、これは所詮は他国の戦である。

 先年のガイナス王、スィーラヴァス軍連合によるアルヴェイアとの戦いは、グラワリア側の勝利に終わった。

 また、戦後処理でガイナスは虜囚となったアルヴェイア兵を虐殺したため、アルヴェイア国内では特にガイナス憎しの声が高まっている。

 だがアルヴェイア人傭兵からすれば、そうした故郷の人々の感情など、どうでもよいことだった。

 現実問題として傭兵は戦で食っていかねばならない。

 彼らからすれば、給金がしっかり払われている限り、たとえ同国人を虐殺したガイナスであれ、良い雇い主となりうるのだった。

 そのアルヴェイア人傭兵のなかでも、特にスィーラヴァス軍を恐怖に陥れた一団がある。

 稲妻の模様を染め抜いた軍旗を持つ、傭兵の一団である。

 彼らの名は、「雷鳴団」といった。

 雷鳴団の兵たちを、マシュケルの城壁で戦っているスィーラヴァス軍は、辺境の魔獣か、異界にすまうという妖魔のように恐れていた。

 その戦いぶりの熾烈さ、苛烈さは、どこかなれ合いにも似た同国人同士の内戦のなかでは、異様とも思えるほどだったのだ。

 雷鳴団なる傭兵団を率いている首領は、ほとんど戦神の化身のような扱いを受けていた。

 右目は空のように、あるいは稲妻のような鮮やかな青なのに対し、左目が銀色という異相も、より人々を畏怖せしめている。


「あの雷鳴団とかいう傭兵団の首領……なんだ、ありゃ? 化け物かなにかか?」


「アルヴェイアにもとんでもない奴がいたものだな! 知っているか? あの雷鳴団の首領……強力無双で知られる『斧の騎士』パラス殿をの首を、あっさり切り落としてしまったというぞ」


「確か、奴の名前は……」


「リューン……そうだ、リューンヴァイスとか言ったそうだ」


「雷鳴団のリューンヴァイスか……まったく、厄介なのを敵にまわしちまったな」


「なんでも一頃は、アルヴェイアのエルナス公の親衛隊に所属していたらしいぞ」


「聞いた聞いた……ただ、エルナス公が生ぬるい戦をするってんで見切りをつけて、グラワリアにやってきたっていうんだろ?」


「あのガイナス王も、一目置いているらしいからな……」


「ガイナス王もうならせる傭兵か……まったく、とてつもない男もいたもんだ……」


「へっくし」


 リューンの盛大なくしゃみの音が、わあっという戦場の喚声のなかに轟いた。


「へっ……参ったな。誰か俺の美男ぶりでも噂してるのか?」


 金色の蓬髪をなびかせて、一人の巨漢がそう言った。

 身長は実に六エフテ半(約一九五センチ)もある、並はずれた長身の男である。

 ただ背が高いだけではない。

 全身をよろう筋肉も、すさまじい発達ぶりをみせていた。

 その見事な、兵として理想的な充実した肉体美が、軟式の革を鉄片で補強した鎧の上からもうかがうことができるほどだ。

 背には、刀身だけで四エフテ(約一・二メートル)ほどもある大剣を背負っている。

 まさに偉丈夫であり、右が青、左が銀色という不可思議な組み合わせの瞳には、炯々たる眼光が宿っていた。

 とはいえ、ただ野蛮で暴力的なだけとも違う。

 たとえばその顔は、精悍でありながらなかなかに整っており、かなりの美男といってよいだろう。

 もっとも、ときおり本人自身、そのことを意識していて自慢するあたりは玉に瑕といったところか。

 雷鳴団の首領、リューンことリューンヴァイスは、西にそびえ立つマシュケルの城壁を見上げながら言った。


「しかし……ようやくここまできたか。まったくこの一月、ずっとこの壁を眺めてきたんだ。ようやく城壁のなかに入れると思うと……へへへ、わくわくするねえ」


「兄者……略奪は御法度だぞ!」


 リューンの傍らにいた、彼とは対照的に小柄な男がたしなめるように言った。


「マシュケルといえば造船と武器鍛冶の都……どっちも、ガイナス王にとっちゃ大事なもんだ。おかげで略奪も、施設破壊も厳禁ってことになってる」


 リューンの胸程度の身長しかないから、おそらくは五エフテ(約一五0センチ)あるかないか、といった小男である。

 ぎょろりとした大きな目玉と、やはり大きな口が特徴的な、不細工な男だった。

 黒いぼさぼさの髪は、妙に油じみている。


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