12 提案
もともと彼女は、王家の姫に生まれたとはいえそれほど政事に明るいというわけではない。
だが、それでも王家の一員に生まれついた以上、自分が常にその手の危険にさらされるかもしれないということは理解しているのだろう。
「ミトゥーリア殿下」
ゼルファナスは言った。
「この場合……御子を守るための方策は、二つあります。一つは……まず、思い切って、公の場で御懐妊を堂々と宣言すること……」
それを聞いて、ミトゥーリアの顔色が変わった。
「で、ですが、それではセムロス伯が……」
「よくお考えください」
ゼルファナスは、闇色の瞳でミトゥーリアの瞳を凝視して言った。
「一度、事が公になってしまえば、かえってセムロス伯は動きにくくなります。もしミトゥーリア殿下と御子に万一の事あれば、誰もがセムロス伯を疑いましょう。王家の者に害をなせば、大逆者としてセムロス伯は追求されることになります。むろん、それを見越してセムロス伯が、ある種の暗殺者の類を雇う可能性もありますが……」
「暗殺者……」
ミトゥーリアの顔が、たちまちのうちに蒼白になった。
「しかしながら、それは殿下への警護を厳重にすることで、なんとかなりましょう。王立魔術院の術者たちの警備をいままで以上に厳重にすることで、暗殺、あるいは毒殺、呪殺などは防げるものかと。ただ……この手には、重大な欠点がございます」
「というと……?」
ゼルファナスは、低い声で言った。
「セムロス伯家との、ある種の関係悪化は避けられない、ということです」
「なぜです?」
ミトゥーリアが、眉をひそめた。
「私はただ……自らの子を、陛下の子を守りたいだけなのに……なぜ……」
「ミトゥーリア殿下のお言葉、もっともです。親が子を思う感情より尊いものは、世にはございますまい。しかしながら、あいにくと世の中というものは、そう単純ではないのです。万万が一、ミトゥーリア殿下と御子になにかあった場合……一番、『得をする』のは、果たしてだれでしょうな?」
「それは……セムロス伯……」
そこまで言って、ミトゥーリアが息を呑んだ。
どうやら、ゼルファナスの言わんとしていることを理解したらしい。
「そんな……だからといって……」
「世間とは、残念ながら、そのようなものなのですよ」
ゼルファナスはいささか芝居がかった仕草で嘆きの声をあげた。
「殿下からすれば、自らの子を守るのは当然のこと、と思われましょう。しかし、御子を守るために警備その他を厳重にすればするほど……周囲からは『セムロス伯から我が子を守っているようにしか見ない』ということになるのです。残念なことではございますが」
それが、宮廷政治の実情というものだった。
「もっとも……それは、セムロス伯がこのことをしれば……すなわち、殿下のご懐妊を満天下にしらしめた場合のことです。そこで……今ひとつ、方策がございます」
「それは……」
ミトゥーリアが緊張のためか、喉を鳴らした。
「真に簡単なことです。あくまで、臨月が近づくまで事を秘するのです。出産直前まで……場合によっては、陛下にも事を秘すれば……」
「陛下にも、ですか」
ゼルファナスはうなずいた。
「陛下の御気性からして、はばかりながら、他言せずに黙っていられるとは思えませぬ。となれば、自然と陛下の周囲から秘密が漏れ……いずれ、セムロス伯の耳にも届きましょう。この場合、幸いにして、というべきか、陛下はシャルマニア姫に夢中のご様子。陛下はミトゥーリア殿下には……その、失礼ながら、いまはあまり興味を抱いておられぬのではございますまいか」
「その通りですわ」
ミトゥーリアが苦笑した。
「では、言うなればそれを逆手にとる……ということですか」
「さようです」
ふいに、ゼルファナスの闇色の瞳に、妖しい輝きが宿った。
「もしも……もしもの話ではございますが、ミトゥーリア殿下さえその気がおありであれば、これより臨月を迎え、出産するにはこの青玉宮よりも、遙かに安全な場所がございます」
「というと?」
ミトゥーリアが、不思議そうな顔をした。
「青玉宮を離れて……メディルナスの都のどこかに、私の隠れられそうな場所があるのでしょうか?」
「残念ながら、メディルナスではございません」
ゼルファナスは謎めいた微笑をたたえた。
「ただ、もしその地にむかっても、陛下も特に不審には思われぬでしょう。ただ、ミトゥーリア殿下には一芝居うっていただく必要がございますが」
「芝居?」
ミトゥーリアが混乱したように言った。
「私は……どんなお芝居をすればよいのでしょうか」
「真に簡単なこと。陛下がシャルマニア嬢ばかりをご寵愛されるので、悋気をおこしたふりをすればよいのです。ご機嫌を害したミトゥーリア殿下は、静養のため、いささかメディルナスと離れた親戚の家に厄介になるという体裁を整え……その地で、秘密裡に御子を出産なされればよろしい。そうなれば、セムロス伯も露骨には手出しはできますまい。殿下を害して御子を流産させるのは比較的、たやすいですが、一度生まれた子を自然死に偽装して暗殺するのは、至難の業」
「それはそうかもしれませんが……そんな、都合の良い場所はどこにあるのでしょう」
それを聞いて、ゼルファナスが笑った。
「お忘れですか? 殿下、私は殿下にとって従兄弟にあたるのですよ。さらにいえばエルナス公家は親王家でもあります。セムロス伯の魔手から逃れたくば……我が領地、エルナス公領においでになればよろしい。なにしろ我が自領なのです。万全の警備を敷けますが……いかがですか?」
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