10  新たな生命


「なるべくご内密に……ということでしたので、このような格好で申し訳ありません」


 ゼルファナスは、頭に頭巾をかぶり、王国の文官がまとうような簡素な礼装をまとっていた。


「いえ……こちらこそ。エルナス公をわざわざおよびだてして、申し訳ありません」


 ミトゥーリアは軽く会釈をしたが、エルナス公の傍らに影のように控えている小姓のフィニスに目をやった。


「重ね重ね、申し訳ないのですが、これからの話はごく奥向きの……その、きわめて内密のものです。そちらのおかたは、その、お人払いを……」


「フィニスのことでしたら、お気になさらずともよろしいですよ」


 ゼルファナスは微笑して椅子に座った。


「この者は、たとえ拷問をうけても私の秘密を話すような真似はいたしません。私の、一種の分身のようなものです」


「まあ」


 ミトゥーリアの美しい面に、暗い影がはかれた。


「うらやましい限りですわ。そのように、信用できるかたがおそばにおられるとは」


 ゼルファナスは柔らかな声音で言った。


「私も、信用してくださってよろしいですよ。ミトゥーリア殿下のことは、幼少の頃より存じ上げております。私にとって貴女は従姉妹でもあるのです。どうか腹蔵なく、なにか悩みがあればお話ください」


「悩み……いえ、まあ、その……やはりこれは、悩みなのでしょうか」


 力無い笑みをミトゥーリアは浮かべた。


「最近……シャルマニアという令嬢を、陛下がご寵愛なさっていることはご存じですわよね?」


 ゼルファナスだけではなく、その話なら宮廷中が知っている。


「ええ……まあ……」


「それは……なんというか、別に悪いことだとか、そうは思っておりませんのよ」


 ミトゥーリアは言った。


「なにしろ、かつては陛下と私は実の兄妹であり……幼い頃から、陛下に嫁ぐことは定められておりましたから。王家の定めとして、兄である陛下にも、いずれ第二夫人、第三夫人といった『お仲間』ができることも承知しておりました。いささか妙な心持ちではありますが、シャルマニア嬢に対して……その、悋気めいたものを抱いているわけではありません。ただ……」


 慎重に、言葉を選ぶようにしてミトゥーリアは続けた。


「シャルマニア嬢は……セムロス伯家のご令嬢、ですわよね? 最近、セムロス伯は青玉宮でも大きな宴を開いたりして、文官たちの間の人気も上がっているご様子……いえ、それも構わない、といえばかわまないのです。私も、ディーリンのおじさま、といえば失礼にあたるかもしれませんが、あのおかたには子供の頃から可愛がられてきましたから」


 くすりとミトゥーリアが笑った。


「本当に、あの頃はまさかディーリンおじさまの娘御と、陛下を『共有する』ことになるとは夢にも思いませんでしたが……いえ、これは話の本筋とは関係のないことでしたわね。いけませんね、女の話というものは油断しているとすぐに本筋からはずれてしまう……」


 そのときゼルファナスは、ミトゥーリアの額にうっすらと浮いている汗に気づいた。

 この気温で暑さを感じているとは、ちょっと思えない。素直に、冷や汗とみるべきだろう。

 だが、それにしても温和でしられるミトゥーリア妃が、自分をわざわざ内密に呼び出したとは、一体、どういうことなのだ?


「ディーリンおじさまは素敵な殿方……ですが、それは、ディーリンおじさまの顔の一つにすぎないのであって……あのお方が、それなりの、なんというのでしょう……一種の、その、大望というか……」


「野望、ですかな」


 ゼルファナスの言葉に、ミトゥーリアがうなずいた。


「ええ……まあ、そのようなものを、王家に対して抱いていることは、私も存じております。ディーリンおじさま……いえ、セムロス伯は」


 一瞬、ミトゥーリアの頬がけいれんするように震えた。


「セムロス伯は、シャルマニア嬢を王家に嫁がせ、第二夫人にするつもりでしょう。そしてもしシャルマニア嬢が第一王子を産むようなことがあれば……セムロス伯は、次代の王の祖父となれる……」


 再び、ミトゥーリアが頬をひくつかせる。


「ただ……そうなると、私が……いえ、正確にいうと、『私の子』が、邪魔になるかもしれないと思って……それが恐ろしいのです」


「失礼?」


 さすがのゼルファナスも、いささか緊張して言った。


「いま……なんとおっしゃいました?」


「私の子、です」


 ミトゥーリアは、弱々しい笑みを浮かべた。


「私は……どうやら、陛下の御子を懐妊したようなのです。ソラリスの僧侶と、イリアミスの尼僧に見せたところ、まず間違いないとのことです……」

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