7 シャルマニア
一人のまだうら若い娘が、二人の侍女に付き従うようにして広間のなかに入ってきた。
華やかな顔立ちをした、なかなかの美少女である。
肌は白く、髪の色合いは濃い金髪だった。
すらりとしているが、胸や尻のあたりには見事に女性的な曲線が浮いている。
年の頃は、十六、七といったところだろうか。
緑の麗々しいドレスに身を包んでいる。
ドレスの前面には、金糸で刺繍された黄金の大樹の文様が縫い込まれているところからして、セムロス伯家となにかの縁がある少女と考えてまず間違いなさそうだ。
真夏の木の葉のような、鮮やかな濃い緑の瞳がきらきらと輝いている。
首には緑玉と琥珀をあしらった首飾りをかけていた。
だが、なんといっても特徴的なのは、彼女の髪型である。
頭の左右に、それぞれ一つずつ、巻き毛になった黄金の髪が渦のようなものを描いていた。
正面から見ると、顔の両側に跳ね上がった金の髪が、二つの渦を巻いているように見える髪型である。
セムロス伯ディーリンが、少女のもとについと歩み寄ると言った。
「皆様……ご紹介いたしましょう。これは我が娘、名はシャルマニアと申します」
シャルマニアと呼ばれた娘は、優美な仕草で周囲にむかって貴族風の会釈をした。
「皆様、初めまして。セムロス伯ディーリンの息女、シャルマニアです」
たちまちのうちに、あたりの人々が拳をかざして歓声をあげた。
セルナーダにおける拍手に相当する仕草である。
ウフヴォルティアも、セムロス伯に娘がいることは知っていたが、実物を見るのはこれが初めてである。
「ほほう」
ネス伯ネスファーが、笑みを浮かべて言った。
「なかなか美しい娘御ですな。幸いにして、父上ではなく母上似のようだ」
確かに美しい娘だ、とウフヴォルティアも思った。
だが、女同士の同性愛、すなわちウォイヤの徒であるウフヴォルティアは、あまりシャルマニアという名の少女に惹かれるものは感じなかった。
むろん、容姿が美しいにこしたことはないが、シャルマニアにはウフヴォルティアを惹きつけるような、ある種の内面の輝きのようなものがないのだ。
たとえばレクセリアには、それがあった。
彼女はただ王女であるとか、美しいとかいう以前に、独特の、人によっては奇矯とすら思うかもしれぬ独自の魂の輝きを持っていたのだ。
しかし、いま眼前にいるシャルマニアには、あまりそれが感じられない。
むしろ、男を籠絡するときの自分のようだ、とウフヴォルティアは思った。
女の最大の敵は、女である。
直感で、ウフヴォルティアはシャルマニアという少女の本質を、一瞬にして見抜いていた。
この娘は、男に媚びている。
この時代、貴族の娘といえばどこに嫁ぐかでその価値が決まるのだ。
男に媚びるすべを得ていたとしても、それが悪いこととは決していえない。
だが、彼女から漂ってくる、かすかな腐臭めいた退廃の空気は一体、なんなのだろう。
ウフヴォルティア自身、人のことを言えた義理ではない。
彼女は当初こそ、年老いたヴィンス候に強引に手をつけられたとはいえ、それから開き直り、侯爵家乗っ取りをたくらんだ一種の悪女である。
その自分と似たなにかを、シャルマニアという少女は発しているように思える。
だが、なぜセムロス伯の息女が、そんな空気をまとっているというのだろうか?
そのときだった。
布令係の呼称が戸口に立つと、よく通る声で宣言した。
「アルヴェイア王国第二十四代国王、シュルタテイス二世陛下のおなりでございます!」
途端に、あたりにざわめきが走った。
王国の文官たちが、一斉に片膝をつき、頭を垂れる。
なにしろ国王陛下のおなりなのだ。
ウフヴォルティアも、ネス伯ネスファー、ネスヴィールの双子の兄弟も、酒杯を卓上に置くと片膝をついて王が室内に入ってくるのを待ち受けた。
ほどなく、シュタルティス二世が広間に足を踏み入れた。
だが、その衣装は公式の場でまとうような礼装ではない。
むしろ、部屋着に近いものだ。
これはこれで、シュタルティス二世からすれば政治的な意味があった。
彼はあえて平服に近い衣服を着ることで、宴席の主催者であるセムロス伯との近しさを周囲に表明していたのだ。
「皆の者……そう、しゃちほこばることはない」
シュタルティス二世は、口の端をひきつらせるような、本人は愛想のよい微笑と思っているらしき笑みを浮かべながらそう言った。
「セムロス伯と余の仲は、みなも存じておろう。そう堅苦しくなることはない」
途端に、あたりの空気が和らいだ。
とはいえ、これは特別、今日に限ったことではない。
セムロス伯の宴の途中、国王陛下が宴に参加するのは、最近ではよくあることだったからだ。
(国王陛下も大変なことね)
ウフヴォルティアとしては、思わず苦笑せざるをえない。
現在、シュタルティス二世が置かれている立場は微妙なものだ。
歴代のアルヴェイア国王でも、いまの彼ほど不安定な立場に置かれているものは珍しいだろう。
なにしろヴォルテミス渓谷の戦いで王国軍の兵を失い、王家の威信はかなり低下している。
シュタルティス二世としては、国内の諸侯の力を頼りにするしかないのが実情だ。
とはいえ、その諸侯もいまでは六卿のうちエルナス公派とセムロス伯派の二派に割れている。
そのうちの一方、セムロス伯がこうして宴を開いている以上、王たる者とはいえ一応は顔をださねばならないのだ。
「これはこれは……陛下」
セムロス伯ディーリンがやたらと大仰な、芝居がかった仕草で国王を歓迎するように両手を前にさしのべた。
「ようこそいらっしゃいました……粗末な宴ではごさいますが、陛下にこのささやかな宴席をお楽しみいただければ臣としてこれにまさる歓びはございません」
そのまま国王は、上座の椅子に座らされた。
お付きの小姓たちが、国王のそばに控えている。
「本来であれば、私がお酒をお注ぎするべきなのですが……」
高貴な客の酒杯を酒で満たすのは、宴の主人の重要な役割である。
「私のような男の酌よりも、若い娘のほうが華やぎがあってよろしいでしょう……シャルマニア、シャルマニア!」
父である伯爵に呼ばれたシャルマニア姫が、国王の傍らに歩み寄るとスカートをつまんで一礼した。
「セムロス伯家当主ディーリンの息女、シャルマニアと申します」
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