6 貴族たちの密談
だが、ネスファーには悪意はみじんも感じられない。
むしろ無邪気な、どこか子供のようなところがこの若者にはある。
「ネスファー卿の仰せの通り、美しい少女でもいれば、と思っていたのですが」
ウフヴォルティアは婉然たる笑みをたたえて言った。
「侍女たちも見飽きたものばかりですし……なかなか、新鮮な相手はおりませんわ」
「侍女には手をつけぬ、ということですか。なるほど……ウフヴォルティア夫人はさすがにお目が高い」
ネスファーが、すっと目を細めた。
「やはりレクセリア姫のような高貴で美しい相手でなければ、情人としてはそそられませんか?」
途端に、背筋に冷たいものが走った。
一年以上前から、王家の第二王女レクセリアと、ウフヴォルティアは愛人関係にあった。
だがそれを知るものはほとんどいないはずだ。
「ご安心ください」
ネスファーは、銀杯を傾けた。
「たまたま……当家の情報網にかかっただけで、それでどうにかしよう、というわけではありませんよ」
人々のにぎやかな談笑の声や笑い声、あるいは嬌声といったものが聞こえてくる。
あちこちに灯された蝋燭の炎が揺れていた。
広間そのものが、魔術照明によって明るく照らされてはいるのだが、貴族の宴は古来より蝋燭をたてて雰囲気を出すものと相場が決まっている。
「ただ……ウフヴォルティア夫人が、レクセリア殿下のことをどうお考えになっているか、気になりましてね。なにしろ、殿下はいまやあの火炎王ガイナスの虜囚……」
途端に、ウフヴォルティアは自分の顔がひきつるのを感じた。
「あれだけ莫大な身代金を要求してきたのも、最初からこちらに帰す腹づもりはない、と婉曲に伝えてきたようなもの。さて、では殿下の運命は……」
それは確かに、ウフヴォルティアも気になっていることではあった。
だが彼女は鋼の克己心を有している。
そうでもなければ下級騎士の生まれの娘が、ただ美貌と才覚のみを頼りに、ヴィンス侯爵領を乗っ取るような真似が出来るわけがないのだ。
「殿下は……確かに、おかわいそうだとは思いますが」
ウフヴォルティアは言った。
「かといって、アルヴェイアにはもはや殿下に払う身代金もないとなれば、その身は運命に任せるしか……」
「しかし相手はあの無法なガイナス王ですぞ。一体、レクセリア殿下をどう扱うか……」
「ガイナスも、仮にも王と呼ばれる男です」
ヴィンス侯爵夫人は、血の色のような葡萄酒に口をつけた。
「無体な真似は、いたしますまい」
「彼は、投降したアルヴェイア兵を皆殺しにしましたが」
それは事実である。
「ですが、兵は民から徴用されたもの。兵を殺すのと、一国の王女を扱うのはまったく別の話です」
「まあ、それはそうなのですがね」
ネスファーが笑った。
「ただ……気になりますね。例の、ゼルファナス卿のおっしゃっていた……」
「……ガイナス王が、病に伏せっているというあれですか?」
ネスファーがうなずいた。
「我々、そしてセムロス伯も、スィーラヴァスとアルヴェイア同盟は好ましく思っていません。しかしながら、ガイナスがもし不例となれば、いろいろと話が違ってくる……」
双子の兄であるネス伯は、にぎやかな宴席を見つめていた。
「もしガイナスがこのまま、みまかるようなことがあれば……いずれ、スィーラヴァスがグラワアを統一して、新王として即位することとなるでしょう」
そんなことは、考えるまでもないことだ。
「となれば、ゼルファナス卿たちの言う通り、我らもスィーラヴァス支持にまわるか……なかなか、微妙なところではありませんか?」
いまのところ、ネス伯ネスファー、そしてウフヴォルティアは、セムロス伯に同調している。
ネス伯がなぜそうしているのか、ウフヴォルティアにもよくわからない。
単にグラワリア領と接しているため、何度もグラワリアに侵攻された経緯があるネス伯領の当主として、ネスファーが個人的にグラワリア嫌いなのは周知の事実ではあるが。
セムロス伯ディーリンも、グラワリア嫌いを半ば公言している。
ウフヴォルティアも、グラワリア好きとはいえない。
なにしろレクセリアを奪ったのはグラワリアなのだ。
だが、それ以上に彼女は、エルナス公ゼルファナスの存在に、本能的な嫌悪感を感じるのだ……。
わあっ、という歓声が広間にあがったのはそのときだった。
どうやら、誰か新たな客でも宴に訪れたららしい。
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