4  ガイナスの噂

「余は……余は、エルナス公、セムロス伯、両者の言うことはもっともだと考えている……」


 とはいえ、どちらかを支持しろ、と言われればどちらと決めることも出来ないのが、いまのシュタルティス二世だった。

 もともと、従兄弟でもあるエルナス公とは幼少の頃から親しくしてきた。

 エルナス公の母は、王家から降嫁したかつての王女なのだ。

 王族ともきわめて近しい間柄である。

 一方、セムロス伯にも幼少の頃から、ずいぶんと可愛がってもらってきた。

 セムロス伯の息子や娘たちとも、親しい関係だ。

 要するにシュタルティス二世という男は、二十四でありながらいまだに子供なのだった。

 たとえば昨年の南部諸侯の反乱の際など、本来であれば彼が王国軍を率いる身だというのに、慈愛と癒しの女神イリアミスの尼僧に腹下しの薬をつくらせ、病気と偽って部屋にこもって逃げた。

 そんな男が、王冠をかぶったからといって、いきなり果断な判断を下せる大人になれるわけがないのだ。


「やれやれ……これでは、らちがあきませんな」


 セムロス伯が、苦笑して余裕の笑みを浮かべた。

 五十を超える彼からすれば、シュタルティス二世など文字通りの赤子である。

 だが、エルナス公ゼルファナスが若さとみかけに似合わぬ敏腕な政治能力の持ち主であることは、きちんと理解していた。

 まだ若造であり、経験という点では自分とは比べ物にならぬが、庶民の人気もあり、同時に恐ろしく頭が回ることも理解している。


「しかし……スィーラヴァス支援をしたとしても、そもそもスィーラヴァスは内戦で、ガイナスに勝てるのですかな?」


 セムロス伯ディーリンは、にこやかな笑みを浮かべて言った。


「兄であるガイナスは、政治能力にかけては論外だが、戦をさせれば強い。確かにスィーラヴァスの政治能力は悪くない。が、あの男は戦ではガイナスに負け続きだ……」


 実はその二人の兄弟の能力的な偏りこそが、内戦を長引かせている。

 内政や外交などに関しては、スィーラヴァスのほうが遙かに有能である。

 また彼はグラワール湖の水運業者などの信望も厚く、強力な水軍を有している。

 これに対し、ガイナスはやることなすこと、むちゃくちゃである。

 およそ行動に統一性らしいものが感じられない。

 戦で勝っても、その勝利の成果を有効に生かしていない。

 というよりはまるで「戦のために戦をしている」といったふうに、見えなくもないほどだ。

 そのうえ残忍で、グラワリアの民であっても平然と大量虐殺を行ったりする。

 火炎王の名に恥じず、都市を丸ごと焼き払ったりもする。

 だが、そうした欠点を補うほどに、戦巧者である。

 重要な会戦にガイナスが勝ちをおさめるが、失政が足をひっぱり、力を蓄えたスィーラヴァスとまた戦いを行うと勝利し……ということを延々と繰り返している。

 グラワリアの民からすればたまったものではないだろう。

 さらにはガイナス軍、スィーラヴァス軍、ともに小規模な略奪隊をときおりアルヴェイアにも繰り出しているのだから、他国にまで迷惑はおよんでいる。

 アルヴェイアとしても、いずれなんとかしなければならない問題なのは明らかだが、その対処法で二派に割れている。

 エルナス公派の論法では、現在の対立を解消しスィーラヴァスに勝たせる。

 そうすれば、グラワリアは安定し、アルヴェイアもよけいなとばっちりをうけることもない。

 しかしセムロス伯派によれば、スィーラヴァスにグラワリアを統一させても、敵対勢力を一つにまとめてアルヴェイアを危機にさらすだけ、ということになる。

 略奪隊による多少の損害は覚悟しても、ガイナスとスィーラヴァスを勝手に戦わせ置けばいい。


「どのみち、スィーラヴァスに援助を行ったところで、ガイナスに勝てるとはとうてい、思えない以上……この議論そのものが、無駄ではありますまいか」


 セムロス伯が相変わらず微笑みながら言った。


「もし、なにかガイナスに勝てる確証があるというのならともかく……」


 途端に、ゼルファナスの闇色の瞳が、鋭い輝きを帯びた。


「勝てる確証……とはいささか異なりますが、興味深い情報なら、ないこともありません」


「ほう」


 セムロス伯はすっと目を細めた。


「それは……どのような?」


「ガイナス王の最近の行動を間者に報告させているのですが……いささか、おかしな点が幾つかございます」


 ゼルファナスは言った。


「最近は、かつてのように自ら前線で戦うこともなく、後方で指揮をとっていると……」


「さすがのガイナス王も、最前線で戦うのには飽いた、ということでしょうかな?」


 セムロス伯が笑った。


「あるいは……」


 その瞬間、なにかに気づいたようにセムロス伯の顔色が変わった。


「まさか……しかし、ガイナス王は頑健な肉体の持ち主と評判で……」


「どのような強い体の持ち主とはいえ、怪我や病には勝てぬこともございます」


 ゼルファナスは言った。


「どうも……ガイナス王は病、それも僧侶の法力でも簡単には治せぬほどの重度の病に伏せっているのではないか……そのような噂が、ガイナス王の周辺で流れているようなのですよ。これは、スィーラヴァス派からすれば、好機ではありますまいか?」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る