3 六卿の対立
一座の注目が、エルナス公に一気に集まった。
もともとが、男とは、否、人とも思えぬような謎めいた美貌の持ち主である。
臨席した諸侯のなかには、同性であっても熱っぽい目でゼルファナスを見つめる者も少なくはなかった。
特に同性愛者というわけではなくても、ゼルファナスの美貌にはそれだけの人を惹きつける力があるのだ。
「みなさまもご存じの通り、長きにわたり、グラワリアは現国王のガイナス派、ならびに王弟にしてグラワール公であるスィーラヴァス派の二派に分かれて内戦を続けております。グラワリアが不安定であるというのは、決して我がアルヴェイアにとって、良いこととは申せません」
「そうかな?」
栗色の髪と緑の瞳を持つやせぎすの若者が、皮肉げな笑みを浮かべて言った。
彼はアルヴェイア北部、グラワリアと隣接するネス伯爵家の当主である。
名はネスファーという。
瓜二つの弟、ネスヴィールがいることで有名だった。
そもそもネスの地では古代よりの謎めいた魔力が働いており、一卵性双生児の出生率が異常に高い。
「グラワリアと隣接しているネスの人間からすれば、ガイナスとスィーラヴァスがいつまでも争ってくれていたほうが助かる、というのが本音だけどね。少なくとも、統一されたグラワリア軍に領内に侵攻をうけるような悪夢からは逃れられる」
「それも、むろん一理あります」
ゼルファナスは相変わらず謎めいた笑みをたたえていた。
「しかしながら、国が荒れれば、人心も荒廃します。ネス領内に、グラワリアからの大量の流民や、盗賊、傭兵崩れなどが流れ込んで、治安を乱したりはしておりませんか?」
「それは……確かに」
ネス伯ネスファーが、眉をひそめた。
「さらにいえば」
ゼルファナスは続けた。
「ここ数年、アルヴェイア領内にガイナス派、スィーラヴァス派、それぞれに仕える領主や傭兵団が小規模な侵入、略奪を繰り返し、そのたびにアルヴェイアは大規模な軍勢を集めて撃退せねばなりませんでした。そのための傭兵たちへの支払いも、国庫へのかなりの負担となっております」
ゼルファナスの言う通り、ここのところグラワリアとの大規模な戦は、昨年のヴォルテミス渓谷の戦いをのぞいては存在しないが、小規模なものとなると話が違ってくる。
ガイナス派、スィーラヴァス派、いずれもアルヴェイア国内に侵入しては、派手な略奪を行っていた。
そのたびにアルヴェイアは傭兵や王国軍、さらには諸侯より集めた騎士団を投入して彼らを追い払っていたが、回数が多いとこの戦費が馬鹿にならなくなってくる。
もっとも、アルヴェイア側からグラワリア領内に軍勢を進めようとして、逆に撃退されたこともあるのだから、一方的に向こう側だけが悪いとはいえないのだが。
「確かに統一されたグラワリアは、恐ろしい敵となるかもしれませぬ。しかしながら、いまのような状況がずるずると続けば、むしろガイナスやスィーラヴァスが我が国に放つ略奪隊を追い払うだけで、国力が疲弊してしまいます……」
「エルナス公の仰せも、もっともではある」
卓を挟んで斜め向かいに座っていた男が言った。
年の頃は、四十半ば、といったところだろう。
鋭い面差しをした、なかなかの美男である。
だが、彼の左目の周囲に、奇怪な形をした赤い痣があった。
当人はそれを恥じて、自らをひどく醜いと信じ込んでいる。
いまも、黒く長い前髪をおろして、左目のあたりを隠すようにしていた。
アルヴェイス河中流域の、河にかかる巨大な橋で知られるナイアス侯爵の当主、ナイアス候ラファルである。
ラファルは神経質に指で卓の表面を叩きながら言った。
「これ以上、グラワリアの内戦が長引けば、アルヴェイアにもとばっちりがくる。ここは思い切ってスィーラヴァスと手を結び、グラワリア王ガイナスを廃するべきではないだろうか。ガイナスが廃され、スィーラヴァスが新たなグラワリア王となれば、両国の関係は安定する……」
「さよう」
ラファルの隣に座っていた男が首肯した。
顔に、陶製の白い仮面を身につけた異様な男である。
仮面は目のあたりにのみ切れ込みが入っており、ひどく無機的で、不気味な印象をみる者に与える。
もともとこの仮面は、死後の安息を司る神ネーリルの僧侶がつけているものだった。
異常に亡霊というものを恐れるこの貴族は、一種のお守り替わりとしてネーリル僧の仮面をつけているのである。
ウナス伯の亡霊嫌いと仮面については、王国の上流階級の間ではよく冗談の種となっている。
そのウナス伯が言った。
「グラワリアでこれ以上、戦が長引けば多くの死者がでます。そうなれば、あまたの無念を残した亡霊が……そのようなことには、私は耐えられません。ただちにスィーラヴァス殿を援助し、ガイナス王を廃するべきです」
つまり、王から見て右側に座った三人、エルナス公ゼルファナス、ナイアス候ラファル、そしてウナス伯は、みなスィーラヴァスを援助するべきだと言っている。
「しかしながら」
ウナス伯の向かいに座っていた、この場で唯一の女性が、凛然と声をあげた。
「スィーラヴァスを援助し、ガイナスを廃したところで……スィーラヴァスがアルヴェイアに対し、いつまでも友好的な態度を保つとは限らない……それが、実情ではございませんか?」
黒い豊かな髪を高く結い上げ、銀の髪飾りでとめている。
黒い輝かしい瞳は、さながら黒真珠のようだった。
美しい、気品に満ちた女性である。
今年で二十五になるので、この時代の年齢の基準としてはそろそろ「若い」ともいえなくなってきたが、それでは白い肌にはしわ一つ、しみ一つない。
彼女は、この場で唯一、王位も爵位ももたぬ人間だった。
彼女は夫であるヴィンス候の名代として、この場に臨席しているのである。
とはいえ、ヴィンス侯爵夫人ウフヴォルティアといえば、実質的にはヴィンス候家を継ぐもの、と世間では見なされている。
彼女の老いた夫が前妻の間に残した子供たちは、みな不審な死を遂げているのだ。
いまは「侯爵夫人」だが、いずれ遙か年長の夫が亡くなれば「女侯爵」となるだろうと、誰もが噂しあっている。
「もしスィーラヴァスがグラワリアを統一すれば……我々は、自分たちの手で厄介な敵国を作り出す手助けをしたことになるやもしれませぬ。その点について、皆様はどうお考えでしょう?」
これで、王をのぞく六人の大貴族……いわゆる六卿が、見事に二派に割れた。
エルナス公、ナイアス候、ウナス伯の三人、いわゆる「エルナス公派」はスィーラヴァス支援を主張している。
対してセムロス伯、ネス伯、ヴィンス侯爵夫人の三人、すなわち「セムロス伯派」は、スィーラヴァス支援に反対である。
このごろのアルヴェイアでの政事とは、つまりはこの二派の対立と妥協によって決められていた。
国王などは、まさに飾りである。
いま、クファルスの間で行われている会議の様子をみれば、実質的に、この六人の大貴族が国政を支配していることは誰の目にも明らかだった。
当惑しているのは、国王シュタルティス二世である。
判断力も、決断力も皆無の国王は、エルナス公とセムロス伯の顔を交互に見比べながら、怯えた子鹿みたいな目をしていた。
「陛下」
ゼルファナスが、甘い声音で言った。
「陛下は、どのようにお考えでしょうか」
それを聞いて、シュタルティスが額に深いしわを刻んだ。
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