12 新たな戦い
やがて彼らは、広壮な玉座の間へとたどり着いた。
恐ろしいほどに天井の高い空間であり、床には鏡のように磨かれた大理石が敷かれている。
その上には深い青と黄金の絨毯がひかれ、壁にはやはり青と黄金の二色の紗幕がかけられていた。
広間の四隅では、遙か北方のメーベナンで産する珍奇な香が精妙な細工の施された香炉で焚かれている。
その甘ったるい没薬のような匂いは、さながら死にかけた病人から放たれる悪臭のようにも思えた。
「メディルナス公爵にしてアルヴェイア王国第二十四代国王、シュタルティス二世陛下のおなりでございます」
布令係のよく通る声を聞いて、諸侯たちは一世に跪いた。
「諸侯たちよ……このたびの戦、大儀であった」
顔を上げると、天蓋つきの豪壮な玉座に一人の若者が腰掛けていた。
アルヴェイア国王シュタルティス二世である。
王太子時代に比べ、いささかやせたように思えるのは国王となった心労のせいだろうか。
身につけている衣装はやたらと豪華だが、新王本人は、王者としての覇気や英気といったものをまったくといっていいほど、見る者に感じさせなかった。
唇は紫色をしており、目の下も落ちくぼんで隈となっている。
新王はうっすらといやな笑みを浮かべると、眼下の諸侯たちにむけて言った。
「すでに詳しい話は聞いている。レクセリアは愚かしくも自らガイナスに降伏した上、一万もの『余の兵』をむざむざと殺されたそうだな。さらに本人は虜囚となって、ガイナスにとらえられたとか」
シュタルティスは耳障りな笑い声をたてた。
「はは……なにがアルヴェイアの戦姫だ! あんな小娘に兵を預けた余がおろかであったわ! これでは、余が自ら兵を率い、ガイナスと雌雄を決すべきであった!」
あるいは諸侯のうちの何人かは「陛下にそのような勇気がおありですか」と問いただしたかったかもしれないが、さすがに貴族たちの厚顔はゆるぎもしなかった。
「陛下の仰せの通り、アルヴェイア軍は一敗地にまみれ、その多くを失いました」
ゼルファナスが、あくまで穏やかな声で言った。
「しかしその責はレクセリア殿下お一人にあるわけではございません。殿下は誇り高きアルヴェイアの王族として、見事に戦われました。むしろ責められるべきは、殿下を補弼すべきであったこのゼルファナスめにございます」
「い、いや」
途端に、シュタルティスは居心地が悪そうに言った。
「エルナス公、そなたは悪くはない。悪いのはレクセリアだ。あの者が兵事に無能であったがゆえに我が軍は破れた」
「おそれおおいお言葉ではありますが……私は臣としての責任を感じております」
ゼルファナスは殊勝げに頭を垂れると言った。
「その責任をとり、私は故郷のエルナスでしばらくの間、蟄居いたしたく存じます」
要するに自分の戦での働きが悪かった責任をとり、自領のエルナスにしばらくの間、こもりきるとゼルファナスは言っているのだ。
それを聞いて、シュタルティスが顔色を変えた。
「そ、それは……それは、こ、困る」
だが、次の瞬間、「困る」という直接的表現はさすがに情けないと悟ったのか、シュタルティスは重々しく咳払いをした。
「いや、それは……許さぬ。ゼルファナス、貴卿も真にこのたびに敗戦について自らの責を感じているのであれば、蟄居など許さぬ。貴兄は臣として、国政の補佐を任せたい。い、いやエルナス公だけではない」
シュタルティスは改めてゼルファナス軍に属していた貴族たちを見やった。
「いまのアルヴェイアには、貴兄らの助けが必要だ。いまや我が国は多くの兵を失い、王国は傾きつつある。この国難に、貴殿らの力を借りたい」
「恐れ多いことでございます」
ゼルファナスが、頭をさげたまま言った。
「寛大にも陛下は我らの兵事の過失をお赦しになられました。そのご恩に報いるべく、我ら諸侯も王国のために尽力いたしたく存じます」
そう言って、ゼルファナスは微笑を浮かべた。
これより後、エルナス公ゼルファナスにくわえ、ナイアス候、ネス伯、ウナス伯、さらにこの場にはいないがヴィンス候夫人ウフヴォルティア、そしてセムロス伯ディーリンの六人の貴族による国政の支配が始まることになる。
いわゆる「六卿の時代」と呼ばれるこの時期に、アルヴェイアはさらに幾多もの国難を迎えることになる。
アルヴェイア王国を巡る人々の運命はまた複雑にからみあい、錯綜していく。
(だが……私は知っている)
ゼルファナスが笑った。
(これから宮廷のなかでどれほどすさまじい権力闘争が始まろうと、最後に生き残るのは私だと。そして私は新たなる王朝の王となり……姉上を妻としてめとるのだ)
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