10  リューンの野望

「はひゃひゃ……二人とも、どこに行ったのかとおもいきやようやく見つけましたぜ……ひゃひゃ……二人ともこれから、レクセリア王女を救いにいこうって算段でしょう? 俺たちを……ひゃっ……忘れてもらっちゃ困りますよ」


 長い柄をもつ槍をかついだアヒャスが、いつのまにか二人の背後にたっていた。

 その傍らには、ずんぐりとした体躯の男の影も見える。


「ア、アヒャスの言うとおりだな。お、俺たちがいることを忘れてもらっちゃ……困るんだな」


「クルール……お前もかよ」


 リューンはあきれてため息をついたが、現れたのは彼ら二人だけではなかった。


「団長……いや、リューン殿」


 重そうな鎖帷子をまとい、独特のまびさしのついた兜をかぶったキリコの僧兵、イルディスがやけにきまじめな口調で言った。


「私を忘れてもらっても困ります。これからガイナス王を相手の戦をしかけるとなれば、当然、我が戦神キリコの加護も必要となりましょう」


 イルディスの隣には、髭面の巨漢ガラスキスの姿も見えた。


「まったく、団長も人が悪いなあ。俺たちゃ、雷鳴団の頃から一緒に死線をくぐりぬけてきたんだ。どうせいくなら、ゼムナリアの死人の地獄までついていきますぜ」


 雷鳴団時代からの仲間に囲まれて、リューンはしばし沈黙していたが、やがて盛大な吐息をついた。


「はあ……ったく、どいつもこいつも、昔から馬鹿だ、馬鹿だと思ってはいたがここまで大馬鹿揃いだとかえって感激したくなるね。相手はあの火炎王だぞ? 何万もの軍隊を集められる相手だぞ? 俺たちに勝ち目があると思ってるのか」


「勝機は十分にありましょう」


 イルディスが言った。


「もしガイナス王の首を取れ、というのなら話は別ですが、『この戦』は、レクセリア王女を救出すれば我らの勝ちです。むろん、相手は王女に対する警備を十分に行うでしょうが、我々のように王女奪還を企てる者がいるとはさすがに想定してはおりますまい。アルヴェイアも下手に救出隊でも出せば話がこじれて、いくら身代金をつんでも王女が帰ってこない、などという事態は避けたいはすですからわざわざ王女救出のために動くとは思えません」


 確かにイルディスの言う通りである。

 常に冷静なこの男はいかにも厳格なキリコ神に仕える僧侶らしく、冷徹に物を考える。


「となれば、王女の警護にもどこかで隙が生まれるでしょう。その隙をどこで見つけるかが、肝要です」


「とりあえず、招集した軍隊を解散するまでは手はだせねえな」


 カグラーンが言った。


「まともに考えれば、ガイナスはレクセリア殿下を紅蓮宮にでも軟禁するだろうが……」


 紅蓮宮とは、グラワリア王宮である。


「なにしろガイナスってのはくえない野郎だ。他にもレクセリア殿下を『うまく使う算段』を考えているかもしれないな」


 それを聞いて、リューンは眉をひそめた。


「うまく使う算段っていうと……」


「たとえば無理矢理、結婚しちまうなんてのはどうだ?」


 カグラーンはにいっと笑った。


「考えてもみろ。あの王女はアルヴェイアの王位継承権を持っている。そのレクセリアとガイナス王が結婚して、それを盾にガイナス王がアルヴェイアの王位を要求してきたら? なにしろ今度の戦で、アルヴェイアは派手に負けた上に兵士もずいぶんと殺された。もしガイナスが次のアルヴェイア遠征を目論んでいたとしたら、レクセリア殿下と結婚していたほうがやりやすいはずだ。現国王シュタルティスにかわってレクセリアを王位につけるとかなんとか、十分に戦の言い訳はたつだろう?」


 確かに、カグラーンの言う通りだった。


「だとしたら、時間もある程度、限られてきますね。もしガイナス王が本気でレクセリア王女を妻とするつもりであれば、それまでに救出をしないと……」


 イルディスが、冷静な口調で言った。


「結婚、か……」


 ふと、あの美しい王女の姿を思い出す。

 いまはまだ十五の小娘だが、あと数年もすれば、おそらくはリューン好みの美女となるだろう。

 途端に、ほとんど嫉妬にも似た感情がリューンの奥底でわいてきた。


(ガイナス王よ……あんたがレクセリアと勝手に結婚するのはゆるさねえぞ。あのお姫様は俺が救出する。そうすればお姫様は俺にぞっこんになって、俺と結婚するかもしれない。そうなれば……俺だって、アルヴェイア王位をねらえるかもしれねえ)


 もしリューンの心の声を聞く者がいるとしたら、ほとんどの者は笑うだろう。

 なにしろリューンの試みは、一言でいって無謀である。

 ガイナス王からレクセリアを救い出すなど、それこそ吟遊詩人の物語のようではないか、と。

 さらにいえば、リューンは卑しい生まれのみである。

 身分がすっかり固定され、階層差というものがはっきりしているこの時代にあって、王族の女をリューンがめるとなど、ありえるはずがない。

 それこそ、まともな常識を持つ者からすれば天地がひっくりかえってもありえないような、だぼらとしか思えまい。

 だが、それでもリューンは本気だった。

 そして、この行動力の塊のような男は、一度こうと思い極めたことは、いままでどんなに不可能に近いようなこともやり遂げてきたのである。


(へ……)


 居並ぶ部下たちを見て、リューンは笑った。


(俺にはカグラーンて知恵袋もいるし、信頼できる部下たちもいる。笑いたい奴は笑えばいい。でも、俺は必ずレクセリア王女をガイナスから取り戻して、そしてこの俺に惚れさせてやる。そうなれば……いまのシュタルティスとかいう国王をけ落として、俺がアルヴェイアの王になるんだ……俺はウォーザ神の子だ。人間の王位なんてちっぽけなもの、手に入れられないわけがねえ。俺は必ず、予言通りに『嵐の王』になる)

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