7 諸侯たち
天幕のなかには重々しい空気が張りつめていた。
ゼルファナス軍に参加した主立った諸侯たちが、居並んでいる。
ナイアス候ラファル、ネス伯ネスファー、ウナス伯といったあたりが主立った面々だが、みな一様に陰鬱な表情をしていた。
もっとも、ウナス伯は例によってあの白い陶製の仮面をつけていたので、彼の表情だけはよくわからなかったのだが。
「レクセリア殿下はとらえられ、レクセリア軍に参陣していた諸侯たちもみな捕まった。身代金の期待できる騎士あたりまでは生かされたままだが、一般の兵卒は皆殺しにされた……」
ゼルファナスが、冷静な口調で言った。
「どうみても、我がアルヴェイアの完全な敗北ですね。これでガイナスを止める者はもう我々以外には誰もいない。もし、ガイナスがその気になれば、いまからだってメディルナスを攻めることができる」
それを聞いて、諸侯たちが互いにざわめき交わした。
実際、レクセリア軍が壊滅した今となっては、ガイナスの進撃を阻むことができるのはゼルファナス軍だけである。
「ですが、幸いなことにと言うべきか、ガイナス軍はすでに撤退の準備を始め、北にむかって移動をはじめています。さすがに、レクセリア軍との戦闘でガイナス軍にもかなりの被害が出たらしい」
途端に、諸侯たちが安堵するように吐息をついた。
「事実上、これで戦は終わった、とみるべきでしょう。むろん、ガイナスの撤退が偽装ということもありえますが……」
「それはないんじゃないかな」
奇妙に軽薄な口調で、ネスファーが言った。
「ガイナス王は、勝ったりとはいえ我らが王妹殿下の軍勢に相当、手ひどくやられたようだしね。それにスィーラヴァス軍はほとんど無傷で残っている。ガイナス王も手負いの自軍を率いて、いつ寝返るかもしれないスィーラヴァス軍と一緒にメディルナスまで侵攻する度胸はないだろう」
「しかし……一万もの兵を虐殺するとは」
ナイアス候が、左目を隠す長い髪を指先で弄びながら言った。
「ガイナス王の噂は聞いていたが、まさかこれほどのものとは、な。こんな真似をすれば、あの王を信用する者は誰もいなくなるぞ。自ら同盟者を拒絶するような真似をするとは、暗愚なのか……」
「必ずしも暗愚とはいえまいます」
ゼルファナスが、少女のように整った面にどこか暗い陰りのある、妖しい笑みを浮かべた。
「これで人々はみな、ガイナス王を恐怖するようになる。むしろガイナス王は、一万もの兵を虐殺することで、自らの残虐性を全セルナーダに知らしめたかったのでしょう。これで、ガイナス王に刃向かおうとする者は、相当、減ると思われます。いずれまた、スィーラヴァス派と内戦を再開しても、ガイナス王を恐れる者たちは決してスィーラヴァス派につこうとはしないはずです。私はむしろ、ガイナス王は見事な政治手腕を持っていると感心しましたが」
それを聞いて、諸侯たちは黙り込んだ。
ゼルファナスの言っていることは正論であり、理屈としては正しい。
あえて自らの残虐性を人々にしらしめることで、戦わずして敵の戦意をそぐというのはそれなりに有効な手段である。
だが、権謀術数に長けたアルヴェイアの諸侯の目には、ガイナスのやり方はあまりにも野蛮で、残酷に感じられたのも事実だった。
確かに一万の兵を殺せば、次回以降もアルヴェイア侵攻をしやすくなるだろう。
さらには恐怖により戦意をそぐ効果も期待できるはずだ。
事実、ここにいるアルヴェイア諸侯たちは、ガイナス王の行いに半ば恐怖している者が多い。
人は常識を越えた異常な行動に、恐れを抱くものなのである。
だが、それでもやはりガイナス王の行為は政治的な意味では「やりすぎ」というものだった。
もはやガイナスに接するものは、誰もが彼をまともな人間としては見ない。
「あのヴォルテミス渓谷の虐殺を行った異常者」として見る。
そうなれば、本来であれば受けられるべき援助もえられず、また同盟者に恵まれることもないだろう。
一言でいえば、ガイナスはあの虐殺によって人々の信望を失ってしまったのである。
もっとも、歴史にはときおりそうした「破壊者」が現れることがある。
いままでの常識や慣例や秩序を完膚無きまでに破壊し、まったく新しい秩序をそこから築き上げる者もいるのだ。
ネス伯の弟、ネスヴィールがぼそりと言った。
「あのガイナスという男、まるで人というよりは、嵐みたいですね。後先を考えず荒れ狂い、そのあとには破壊をもたらす……」
「だとすれば、火炎王から『嵐の王』へと改名でも勧めたほうがいいかもしれんな」
ナイアス候が、自らの顔を覆う痣を指先でなでながら言った。
「いずれにしろ、戦は終わったということか……我らにとっては最悪の形で」
だが、果たして何人の諸侯たちが、その意見に同意しただろうか。
なにしろゼルファナス軍に属した諸侯たちは、自らの騎士たちや兵をほとんど失っていないのだ。
戦に出たとはいえ、自分の兵を損耗させることなく帰還できるのは、決して諸侯たちにとって最悪の事態とはいえない。
「まったく、残念な戦でしたね……我らには、活躍する機会も与えられなかった」
そう言って、ネス伯ネスファーが弟とうり二つの顔に、にいっという笑みを浮かべた。
「しかしながら王国軍はほとんど全滅、レクセリア軍についた諸侯もほとんどがガイナスにとらえられた……これは、アルヴェイアにとって国難といってもよいでしょう」
ウナス伯が、いつものように仮面の奥からくぐもった声で言った。
「ましてやあのいさましいレクセリア殿下までが捕虜としてとらえられたとあっては……我らもいままで以上に『国王陛下の補佐』に尽力せねばならないでしょうな」
ウナス伯の言っていることは事実だった。
だが、反面、こういう見方もできる。
王国軍が壊滅に近い打撃をうけたということは、アルヴェイア王家は自由に動かせる兵をほとんど失ったということだ。
そしてレクセリア軍についた他の諸侯は、この戦で大量の兵を失っている。
さらに彼らは捕虜となっているのだ。
ガイナス王に身代金を払うことで彼らの財もかなりのものが失われるだろう。
しかも国元に戻るまでにしばらくは時間がかかる。
それに対し、いまここにいる四人の大貴族……つまりエルナス公、ナイアス候、ネス伯、ウナス伯はまったくの無傷なのだ。
さらには王家のなかでも王者としての才能の片鱗を見せていたレクセリアも、ガイナスにとらえられている。
となれば、自然とこれからのアルヴェイアの国政は、この四人を中心として進められることになるだろう。
もちろんヴィンス候夫人ウフヴォルティアのように夫が病で戦場に出なかった諸侯もアルヴェイアには残っているわけだが、彼らは一応は戦場に出たゼルファナス軍の諸侯に比べればどうしてもさまざまな機会で発言権は弱くなる。
むろん、誰もそんなことはおくびにもださず、表向きは沈鬱さを保っている。
しかし、この場に居合わせた者は誰もが内心で確信していたのだった。
ガイナスと同様、自分たちもまた勝者であることを。
「し、しかし哀れなのは虐殺された兵たちですな……」
ウナス伯が、仮面の奥から言った。
「せめて、彼らの霊が安らぐようにネーリルの経文でも……」
ネーリルはウナス伯が深く帰依している神であり、地上をさまよう霊となった者たちをしかるべき冥界へと導くという。
ウナス伯の唱える陰鬱な経文が、天幕のなかに静かに流れていくのを、「勝者」たちは神妙な顔をして聞いていた。
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