4  一か八か

「気にいらねえなあ……」

 

 ゼルファナスがもっとうまくやれば、この戦はあるいは勝てたのではないか?

 敵軍も、ガイナス軍とスィーラヴァス軍で割れていたのだ。

 その間隙をつけば、勝ちをおさめることは不可能ではなかったはずだ。

 それなのにリューンたちの奮戦も、結局はゼルファナスの、つまりはエルナス公家の兵、エルナス親衛隊の活躍として利用されてしまった。

 ゼルファナスは、リューンの感覚からすれば雇い主である。

 原則として、金の折り合いさえつけば傭兵は雇い主のために戦う。

 だが厳密には、リューンたちはすでに傭兵ではない。

 エルナス親衛隊はエルナス公家の常備軍なのだ。


「これからも……エルナスの殿様は、こんな戦、続けるのかな」


「一筋縄じゃいかない御仁なのは確かだからな」


 兄の問いに、カグラーンが答えた。


「まあもっと、いろいろとややこしい戦、汚い戦もやらされるだろう。でもな……兄者、俺たちゃ傭兵の頃からそういうのは慣れっこのはずだ」


「まあ……な」


 カグラーンの言うとおりである。

 もっとも汚い戦や略奪、あるいは虐殺にまでリューンは参加したことがある。

 いまさらゼルファナスの行為を道義的に非難できる立場にあるとは思えない。

 戦場で強い者が必ずしも勝つとは限らない。

 今回の戦が良い例だ。

 ガイナスはたしかに戦には軍勢の強さで勝った、といえるだろう。

 だがその代償に、ガイナス軍もかなりの兵を失っている。

 それに比べ、ゼルファナスは狡猾さで勝った。

 ほとんど兵を失わずに、エルナス公家の武名をあげ、政敵であるレクセリアをガイナスの捕虜とさせた。


「やっぱりこう……どうにも、俺はエルナスの殿様のやりくちは好きになれねえ」


 リューンはぼそりとつぶやいた。


「好きになれない、か」


 カグラーンが皮肉げに笑った。


「だったら、好きになるしかないだろうよ。俺たちゃ昔の、好き放題やっていたころの傭兵とはもう違うんだ。俺たちはエルナスの殿様の兵隊になった。兄者がそれを選んだ。まさかとは思うが……」


 大きな目で、カグラーンが兄をにらみつけた。


「兄者……馬鹿な気は起こすなよ? そもそもエルナスの殿様の兵になることを選んだのは、さっきも言ったが兄者なんだからな。普通に傭兵をやっているだけじゃ、王になんて絶対になれない。でもな、エルナス公爵の下で兵士として働いていれば……いろいろと、上にのしあがれる機会がある……」


「わかってるよ!」


 思わずリューンは怒声をあげた。

 まぶたを閉じると、ふとあの王女の姿が脳裏をよぎる。

 彼女はリューンと同じ、青と白銀の瞳を……ウォーザの目を持っていた。

 由来もしれぬ伝承によれば、それは未来の嵐の王となる者の証なのだという。


(あのお姫様が……ガイナスの捕虜、か)


 いくらガイナスが火炎王の異名をもつ破壊者とはいえ、一国の王である。

 それなりに丁重に異国の姫を扱いはするだろう。


(でも……やっぱり、気にいらねえ)


 ときおり、あたりからは笑い声らしき者が聞こえてきた。

 例の、笑いながらでないと話ができないアヒャスだけではない。

 エルナス親衛隊のあちこちから、和やかとすらいえる笑い声があがっていた。

 俺は敵を三人もやったぞ。

 報償が愉しみだ。

 馬鹿、一応は負け戦だぞ?

 へっ、負けたのは俺たちじゃない。

 あのお姫様たちじゃねえか。

 ま、そりゃそうだが。

 この調子じゃ戦もとりあえず終わりかな。

 生きて国に帰れる……。


(気にいらねえ)


 周囲の声が、やけに耳障りに感じられた。

 今頃、あの王女はガイナス王と対面しているのだろうか。

 敵として戦ったとはいえアルヴェイアとグラワリアの王族同士だ。

 案外、和やかに話が進んでいるのかもしれない。

 何千もの兵たちが死んでいるというのに。

 悔しいが、カグラーンの言っていることは正しい。

 レクセリア王女は、負け時というものをよく知っている。

 あれから戦を継続していたとしても、待っているのは無惨な最後と、無駄死にした無数の兵の死体だけだろう。

 少なくともレクセリアはむやみに兵を殺さなかった。

 それだけで、リューンのような前線で戦う、使い捨ての兵からすれば好感を抱かざるを得ない。


(やっぱり……俺は、つく相手を間違えたのか?)


 どす黒いものが、心の奥底からわき上がってくる。

 エルナス公は、王国有数の権力者だ。

 アルヴェイア一の大貴族なのだ。

 彼は王位を狙っている。

 それをリューンはほとんど直観のようなものだか、確かに察知している。

 だからいままでは、エルナス公を利用してうまく成り上がる機会を見つけるつもりだった。


(だが……それは、正しかったのか?)


 理屈ではカグラーンの言っていることは正しいとわかる。

 だが、リューンの心の中ではなにかが違う、と叫び声をあげている。

 このままメディルナスに戻るということは、あの王女様を見捨てるということだ。

 見捨てる。

 馬鹿馬鹿しい。

 自分はエルナス親衛隊の隊長とはいえ、一兵卒にすぎないのだ。

 王女の身柄を心配する立場にはない。

 だが、かつて南部諸侯との戦いの際、自分はあの王女を救ったではないか。

 あのときは報奨金をもらっただけだった。

 しかし、いま、レクセリア王女はガイナス王の捕虜となり、敵中にある。

 もし、彼女を救い出せば……。

 このままエルナス公の手駒となり、エルナス親衛隊の隊長を続けるか。

 それとも……一か八かの、大きな賭けをやってみるか。

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