2  覚悟

「ところで、私の身の回りの世話をする者を連れて行きたいのですが」


 それを聞いて、メルセナが眉をひそめる。


「侍女の類ですか? あまり大人数だと正直にいって……」


「一人だけです」


 レクセリアは言った。


「それに、侍女ではなく宦官です。ただし、ただの宦官ではなく、一応は水魔術師でもあります。それでもよろしいですか?」


 水魔術師、と聞いてメルセナの面が曇らされた。

 だが、無理もない反応といえる。

 魔術師というのは、たとえば間諜をつとめるには便利だし、場合によっては優れた暗殺者たりうるのだ。

 レクセリアのそばに控えていたヴィオスが言った。


「私はレクセリア殿下が幼い頃から、身の回りのお世話をさせていただきました。水魔術師とはいえ、使える術はさほどのものではございません。もし、私が術を使うそぶりを見せようものなら、即座に私を殺していただいてかまいません」


 ものすごい科白を、ヴィオスは平然と口にした。

 一見すると、宦官というよりは家庭の主婦のように見えるが、その腹の据わり方は尋常ではない。

 長い沈黙の後、メルセナがうなずいた。


「よろしいでしょう。これからなにかと、レクセリア殿下のまわりの世話をする者も必要となるでしょうから」


 その言葉は、これからのレクセリアの運命を暗示していた。

 彼女は一軍の将であり、そしてアルヴェイアという王国の王女であり、戦に負けて降伏した。

 ここで彼女を殺すほどガイナスは馬鹿ではない。

 となれば、捕虜の身となるのは自明の理である。

 アルヴェイアの王女を捕虜にすれば、ガイナスはこの戦のために失った戦費その他をも超える価値の宝を手に入れたことになるのだ。

 なにしろ相手はアルヴェイア国王の妹である。

 その政治的な価値は、レクセリアと同じ重さの純金よりもあるだろう。


(捕虜、か)


 改めて、レクセリアは自らの運命に思いを馳せた。


(だが、それでも死ぬよりはまし……生きていれば、これからいくらでもやり直しはきく。生きていれば)


 ヴォルテミス渓谷の谷間を埋め尽くすような、無数の死体を見ながらレクセリアはそう思った。


「では……そろそろ、行きましょうか」


 メルセナ率いるランサール雷槍団に囲まれるようにして、レクセリアとヴィオスは北へと向かって歩き出した。

 すなわち、ガイナス王が待ち受けるグラワリア軍の本陣へと。

 まもなく、この戦で戦った敵将、ガイナスと対面することになる。

 怖くない、といえば嘘になる。

 ネルディ侵攻の際に見せたガイナスの破壊の神の如き劫略ぶりを思い起こせば、自分が捕虜としてきちんと扱われるかどうか、不安にならないこともない。

 だが、女性の身であるレクセリアのことをおもんぱかってか、こうして女だけの集団であるランサール雷槍団を迎えによこすあたり、ただ粗暴なだけの王、というわけでもなさそうだ。

 仮にも相手は、三王国の一つ、グラワリアの王なのである。

 三王国の王家はもともとは一つの血統にさかのぼることができるし、政略結婚とはいえ互いに王女を嫁として迎えることもいままでの歴史で何度もある。

 実際のところ、レクセリアとガイナスは遠い親戚でもあるのだ。

 とはいえ、やはり不安は残る。


「ガイナス陛下というのは……どのような御仁でしょうか」


 レクセリアの問いに、メルセナがわずかに頬を赤く染めると答えた。


「そうですね……不思議な御仁ですわ。私も正直に申し上げて、ご本人にお会いするまでは、もっとなんというか……そう、蛮族のような男かと思っていました」


 やはり火炎王、街に火をかけるような王なのだ、メルセナがそう考えたのも無理からぬところではあった。


「でも実際にお会いすると……そうですね、とても大きなかたです。もちろん、単に体つきだけではなく、人間としての器……いえ、王としての器というのでしょうか。それが大きいのです。粗野でいるようでありながら決して野蛮人ではなく、細かいところにまで目の届くおかたです。将としてのご器量は……言うまでもないでしょう」


 実際にガイナス軍と戦って負けたレクセリアからすれば、ガイナス王の戦ぶりには文字通り、兜を脱いだとしかいいようがない。

 決して洗練された戦をする将ではない。

 むしろ力押し、ごり押しの多い戦ぶりだが、結果的にレクセリア軍はその力に圧倒されてしまったのだ。

 必要なときにはたとえ味方の兵卒がいくら死んでも平然としていられる。

 冷酷なようだが、これは優秀な武将には必要なものでもあるのだ。

 勝利のためなら、自軍に何千の死体の山を築いても勝つ。

 そういうすごみが、確かにガイナスにはあった。

 あるいは、覚悟といいかえてもいい。

 その覚悟が、自分にはなかったのだ。

 だから、戦に負けるべくして負けた。

 女だから負けた、とは思わない。

 ただ冷静に、自分はまだまだ王族としても、将としても覚悟が足りていないのだと痛感させられた。

 南部諸侯を打ち払い、権謀術数を巡らせる王国の諸侯と対峙しているうちに、いつしか思い上がっていたのかもしれない。

 レクセリアは、ひどくさめた思いでそんなことを考えていた。

 結局、自分はまだ十五の小娘にすぎないのだ。

 その小娘を、果たしてガイナス王はどのようにして出迎えるつもりなのだろうか。

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