13 限られた選択

 激しい雨があたりに降り注いでいた。

 ついさきほどまでの晴天が嘘のような、突然の気象変化である。

 たしかにネルディは山国であり、天候が変わりやすいとはいう。

 だが、それにしてもこれほど急激に天気が変わるとは、ガイナスも思っていなかった。

 戦況は、決して自軍に対して有利とはいえない。

 レクセリア軍と接している南の戦線のほうはまだいい。

 互角どころか、むしろこちらのほうが敵を押すような戦をしている。双方ともにすさまじい数の死者が出ているようだが、これは戦なのだ。

 ある程度の犠牲は仕方がない。

 問題は新たにゼルファナス軍に攻め込まれた北側の戦線だった。

 こちらでは、ガイナス軍は劣勢を強いられている。

 ゼルファナス軍の騎士の突撃に陣形を乱された直後に、敵の優秀な歩兵集団をぶつけられたのである。


「エルナス親衛隊、か」


 その名からして、エルナス公爵にゆかりのある部隊だろう。

 戦いぶりは領民を徴用したような他の者たちとは異なり、魔獣の如き凄まじさだという。

 彼らのせいで、北ではかなりの苦戦を強いられていた。

 突如、雷光が輝き、しばし遅れて腹の底を震わせるような落雷の音が鳴り響く。

 すでにこの強烈な驟雨により、あの妙な大気中の煤はみな大地に流れ落ちているだろう。

 だとすれば、ランサール雷槍団の稲妻も、そろそろ使えそうだ。

 だが、問題はどちらの戦線に彼女たちを投入するかだった。

 北のほうが苦戦していることからして、普通の将であれば当然、北に彼女たちをまわすだろう。

 だが、それでは問題の本質的な解決には、ならない。

 なぜなら北の戦線にランサールの乙女たちを向かわせたところで、結局はゼルファナス軍を追い払うだけの力とはならないからだ。

 となれば……。

 ガイナスは、すごみのある笑みを浮かべた。

 これは敵将がそれなりの能力を有していなければ出来ない荒技だ。

 だが、レクセリアならいずれ的確な決断を下すに違いない。

 少なくとも彼女がクーファーの火炎法力を封じた手並みは、見事なものだった。

 凡百の将には決して出来ぬ芸当である。

 だが、その代償として彼女は自らの軍勢を死地に引き入れた。

 実をいえばあの瞬間に、レクセリアの負けは確定していたのではないか。

 いや、とガイナスはかぶりを振った。

 そんなことはない。

 もし謎の爆発がもっと大規模におきていれば、戦況もかなり変化していただろう。

 そうなれば今頃は、こちらのほうがレクセリア軍とゼルファナス軍に万力のように挟み込まれ、悲鳴をあげていたのではないか?

 すでに両軍を敵にまわしてはいるが、数量的にはまだガイナス軍は優勢なのだ。

 信頼のおけぬ相手とはいえ、いまのところガイナス軍の友軍たるスィーラヴァスも、こちらの味方をしている。

 伝令の報告によればスィーラヴァス軍はそれなりに真面目に戦っているようで、レクセリア軍の南側戦線にもかなりの被害が出ているようだった。

 そう、スィーラヴァスのことも、ガイナスは計算に入れねばならないのだ。

 いまのところ、ガイナス軍はレクセリア軍に対してやや優位という情勢を保っている。

 だが、もし少しでもこちらが押されれば、スィーラヴァスは本気で寝返りを考え始めるだろう。

 そうなればガイナス軍は、アルヴェイアの二つの軍にくわえ、スィーラヴァス軍までも敵として戦わねばならなくなる。

 だが、その裏切りにはそれ相応の代価がつく。

 長年の仇敵とはいえ、スィーラヴァスとは一時的な休戦協定をきっちり交わしているのだ。

 グラワリア国王、ならびにグラワール公として公式の文書を残した協定である。

 これを破れば、スィーラヴァスは後々の外交で誰からも信用されまい。

 とはいえ、もし自分がスィーラヴァスであれば、寝返るのならいまが絶好の好機である。

 ここで自分が……つまりガイナス王が戦死すれば、スィーラヴァスが後継者として王国を継ぐことは間違いない。

 もっとも、もしそうなったところで、グラワリアに残る「ガイナス派」との内戦は相当にわたり長引くだろうが。

 それでも、宿敵を永遠に抹殺する好機なのだ。

 おそらく、いまはスィーラヴァスは部下の諸将からもガイナス王を裏切るべきだと進言をうけているだろう。

 だが、ガイナスは異母弟の性格をよく知っている。

 あの男は狡猾だし、頭もきれるが、慎重にすぎるきらいがある。

 なにか物事を起こすときには、成功したときよりも失敗したときのことを真っ先に考える人間なのだ。

 だとすれば、戦を優勢に進めておけばスィーラヴァスはこちらを裏切らない。

 そのためにも、スィーラヴァスを威嚇する意味でも、やはりレクセリア軍にランサール雷槍団を投入するべきだろう。

 彼女たちの稲妻の法力を集中させて戦線に穴をつくり、そこから縦深陣に錐を差し込むようにしてレクセリア軍の陣中深くまで兵を送り込む。

 当然、レクセリア軍は包囲殲滅をかけてくるだろうが、敵軍はその間も、後背のスィーラヴァス軍の攻撃を受け続けるのだ。

 レクセリア軍もガイナス軍も、似たような状況に陥っている。

 ともに狭い谷に密集し、南北を敵軍に挟まれている。

 もしレクセリアが明敏な頭脳の持ち主であれば、これ以上、両軍が戦ったところで意味がないことには気づいているはずだ。

 いたずらに互いの兵をあの世に送り込むだけで、この戦況は劇的な変化のしようがない。

 ガイナスがランサール雷槍団を使うのは、レクセリアにそれを気づかせるためでもある。

 これ以上の戦は、まったく無意味なのだ。

 長時間、戦えば戦うほど、ガイナス軍とレクセリア軍の兵卒は無駄死にし、ゼルファナスとスィーラヴァスだけが得をする。

 となれば、レクセリアがとるべき道はただ一つだ。

 自発的な戦闘の終結……つまりは、降伏である。


 

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