12 新しい風 

 功を焦った何人ものグラワリアの兵士が続々とリューンのもとにむかっていったが、彼らはあっという間に粉砕され、血まみれの骸と化した。


「あいつを倒せ!」


「奴をだれかとめろ!」


 はじめのうちは、いい賞金がとれるぞ、といった威勢のいいかけ声だったものがいつしか悲鳴へと変じている。

 すでにリューンは、たった一人で二十人近い兵士を倒していた。

 一回の戦でこれほどの敵兵を倒すなど、異常としかいいようがない。

 だが、実際に大剣を振るっているリューンの頭のなかには、もうなにもなかった。

 ただ、愉しい。

 剣を振り、敵の頭蓋をわったり手足を切断したりするのが愉しくて愉しくてたまらないのだ。


「はははははははははははははは」


 いつしかリューンは哄笑しながら戦場を駆けていた。


「また……兄者の悪い癖が出た!」


 背後で控えていたカグラーンが、不安げな声で言った。

 リューンは強い。

 あまりにも強いため、そこに敵兵が殺到する。

 そうなると、リューンのまわりにいた兵士が巻き込まれてこちらの戦死者を増やす、ということがよくあるのだ。

 今回も結局は、いつもの繰り返しということらしい。

 実際、リューンの獅子奮迅ぶりはこの北の戦域ではひどく目立っていた。

 そしてそれは、彼のまとっている青と白の軍装、すなわちエルナス親衛隊の存在も同時に人々に印象づけた、ということである。


「なんだ……あの、青と白の奴らは」


「他のアルヴェイア兵とは違うらしいぞ」


「新手の傭兵か?」


「いや、どっかのアルヴェイア貴族の私兵らしいが……」


 ときおり、エルナス親衛隊の者たちは相手を威圧するような大声をあげていた。


「我らはエルナス親衛隊!」


「我らこそ、栄えあるエルナス公家の精兵なり!」


「ガイナスの赤犬どもめ! エルナス公家の武威を思い知るがいい!」


 それが実は、あらかじめゼルファナスがエルナス親衛隊に編成していた、一種の「宣伝係」であることまではさすがの兵士たちも気づかなかった。


「エルナス公爵家……なるほど、あれがアルヴェイア一の大貴族か」


「エルナス公……ちっ、敵には面倒な奴もいるな」


 戦場で戦っているリューンは、自分がエルナス公家の宣伝に使われていることなど、むろん知らない。


「おらっ!」


 わらわらと近寄ってくる敵兵の兜を断ち割り、脇から腹部にかけて装甲の薄い革の部分をそぎ落とし、あるいは左手でつくった拳で敵のあごを殴打し、死体の山を築いてむちゃくちゃな戦いを続けている。

 もっとも、その周囲では実はリューンの戦いの圏内に巻き込まれないように絶妙の距離をおいて、笑い声をあげながらアヒャスが槍を振り回して敵兵を次々に屠っていたし、クルールも一見、鈍重にみえる動きで連接棍をふるい、敵を打ち倒していた。

 さらには軍神キリコの僧侶であるイルディスも冷静な剣さばきで敵兵を切り倒しているし、巨漢でひげ面のガラスキスも、巨大な棍棒を塗り回すようにして何人ものグラワリア兵をしとめている。

 彼らはみな、もともとの傭兵団「雷鳴団」時代からのリューンの部下であり、彼の戦いかたには慣れていたのだ。

 この「ヴォルテミス渓谷の戦い」でエルナス親衛隊は見事な働きで初陣を飾り、歴史に最初にその名を残すことになる。

 だが、いまのリューンにとってはそんなことはどうでもいい。

 さすがに剣を振り回す手がだいぶ重くなっていたが、まだまだいける、とどこかで冷静な自分が考えている。

 熱いものと冷たいものが交互に巡るような、戦場独特の興奮のなか、リューンは戦いに酔いしれていた。

 実際、たとえばガイナス王などとはまた別の意味で、リューンも戦場にくると血の匂いに酔ってしまう。


「ははははははははははは!」


 大剣で敵を屠るのが愉快で愉快でたまらない。

 すでに相当の敵を倒し、自身もかなりの浅手を負っていたのだが、いまのリューンは痛覚すらも麻痺している。

 そのときだった。

 突如、天上から轟音が轟いたかと思うと、一条の雷が大地に落ちて生きたのは。

 世界が瞬間、白と紫とに染まる。

 続いて、大粒の雨が派手に降り出してきた。

 冷たいというよりは、痛いと体感できるほどに勢いのある、雨粒である。

 たちまちのうちにあたりはものすごい雨脚に包まれた。

 さらにごおっと強風が吹いたかと思うと、再び何度も続けて落雷の音が鳴る。

 それは、リューンの好む嵐の到来だった。


「はははははははは!」


 きっと自分の守護神であるウォーザが祝福してくれているのだ、とリューンは思った。

 彼はもともと、母からウォーザ神の子として育てられてきた身でもある。


「いいぞ! ウォーザの神様! もっと派手にやってくれ!」


 リューンはそう叫ぶと、幾つもの赤い兵士からなる戦列でつくられたガイナス軍の縦深陣の奥めがけて、早足で飛び込んでいった。

 だが、まだリューンは知らない。

 この嵐は、単に彼を祝福するだけのものではなく、戦況に新たな風を吹き込んでいたことを。

 

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