11 突撃
ヴォルテミス渓谷の北の入り口には、まばらに灌木が生えていた。
黄褐色の岩が、あちこちにごろごろと転がっている。
こちらの襲撃を警戒しているのだろう。
赤い軍装をまとったグラワリア兵が、谷の入り口で横列を組んでいた。
なにしろ谷の幅は一千イレム(約三百メートル)ほどしかないため、防御側が有利な地勢といえる。
すでにリューンたち歩兵の傍らでは、馬列を組んだ騎士たちが突撃の準備を始めていた。
ナイアス候、ウナス伯、ネス伯といった有力諸侯の他にも、さまざまな貴族に使える騎士たちが、旗印を翩翻と翻させている。
動物や花の模様、あるいは幾何学的な模様からなる色とりどりの貴族の家紋が、旗には描かれていた。
総勢で一千を超える騎士が居並ぶさまは、まさに壮観の一語につきる。
「へ……エルナスの殿様も、最初から、こうすりゃよかったのに」
思わず愚痴の一つも言いたいところだが、それでも口がにやけるのを押さえることができないあたり、リューンは正直者だった。
いよいよ、本物の戦が始まろうとしている。
空はいよいよ陰り、遠雷らしいものが轟いていた。
嵐の神ウォーザが守り神たるリューンにとっては、まさに絶好の状況である。
「騎士全隊、突撃開始!」
下知が下された途端、重々しい金属鎧をまとった騎士を乗せた馬たちが、一斉に南の谷間にむかって斜面を駆け下りていった。
砂埃が高く舞い上がり、後ろにひかえているリューンたちの顔にまで砂粒がぶつかってくる。
重装騎兵の突撃は、実のところ速度はさほどでもないのだが、それでもその全隊の重量のため、激突した相手に与える衝撃力はすさまじい。
脇に馬上槍を手挟んだ騎士たちは、次から次へとガイナス軍の北を守る歩兵隊へと突貫していった。
大地が揺らぐかと思えるような馬蹄の轟きとともに、金属鎧を身につけた騎士たちが敵陣へ陸続と彗星のように来襲していく。
騎士の突撃とは、もともとが歩兵の隊列を崩すためのものである。
重装騎兵の突撃をうけてそのままでいられる歩兵は、事実上、存在しないといっていいだろう。
「アルヴァール!」
「アルヴァーーールッ!」
「ガーガールッ!」
「ガーガールーーーーーッ!」
異なる鬨の声を喚きながらアルヴェイア兵とグラワリア兵がぶつかりあうが、この状況ではどちらが勝者たりうるかは明白である。
何人ものグラワリア兵たちが馬蹄で頭を割られ、また突き出された馬上槍で胸を貫かれて即死していた。
さらに騎士たちの突撃は続き、たちまちのうちに赤い歩兵の戦列が乱れ始めていく。
「アルヴァーールッ」
リューンはひそかに、敵軍の歩兵に同情していた。
もし自分があんな騎士の突撃をうければ、やはり彼らと同じように逃げまどうくらいしか手はなかったろう。
騎士の突撃が戦場の主役たりうるのは、それなりの理由があるのだ。
まず騎士による突撃をかけ、その衝撃力で敵軍歩兵の陣を壊乱させる。
その後に組織的に歩兵を投入し、敵を完膚無きまでにたたきのめす。
これが旧三王国期の基本戦術である。
ガイナスはすでに、南でレクセリア軍と戦っている。
当然、後背は守りが手薄になっている。
一応はガイナスも背後への備えはしていたようだが、その戦列もゼルファナス軍の騎士の突撃によってあっさりと崩されてしまった。
すでに敵軍には数百の死傷者が出ているだろう。
そして、いよいよ歩兵隊の出番である。
「エルナス公の名にかけて……エルナス親衛隊、前進!」
リューンは刀身だけで四エフテ(約一・二メートル)はある大剣を背から抜刀すると、騎士の突撃をうけ蜘蛛の子の散らしたように逃げまどう敵歩兵めがけて駆けていった。
リューンと同じく、青と白に染め抜かれ、背には黄金の剣というエルナス公家の紋章にちなんだ軍装をまとったエルナス親衛隊五百が、他の諸侯軍の先陣をきって戦場へと飛び込んでいく。
騎士を別にすれば、先鋒といってもいい。
エルナス親衛隊は他の領主軍の歩兵とは違い、にわかに領民から徴用された新参兵ではない。
彼らはみなもとが傭兵であり、それなりの実戦経験をつんだ強者ぞろいである。
すでに騎士の馬蹄に踏みしだかれ、ほうほうの体となっていたガイナス軍歩兵部隊に、彼らは羊を襲撃する狼のように襲いかかっていった。
「アルヴァーーーーー」
「アルヴァーッ!」
長剣が、大剣が、槍が、矛槍が、青と白の軍装を身につけた男たちによってふるわれ、赤いグラワリア兵の頭蓋を割り、首を切り、胴をなぎ、膝下を払っていく。
これに対してもはやグラワリア歩兵たちは、抵抗する気力も失っているかのようだった。
「行くぞ! 押せ! 押しつぶせ!」
一応は、エルナス公爵からあまり先に行き過ぎないようにと釘を刺されていたのだが、こうなるともうリューンは止まらない。
なにしろいままで戦ができずにうずうずしていたのだから、そのぶんも鬱憤もたっぷりとたまっている。
そんなリューンの相手をさせられたグラワリア兵こそ、不運といえば不運だった。
なにしろ身長が軽く六エフテ半(約一九五センチ)を超える金の蓬髪の巨漢が、これまた異常なほどに巨大な剣を軽々と操ってはまるで疾風のように次々にグラワリア兵を屠っていくのである。
リューンの大剣が振り下ろされるたびに、悲鳴や絶叫がほとばしり、敵兵の体から大量の鮮血が吹き出していた。
人というよりは地上にうまれた竜巻のような、それはすさまじい戦いぶりだった。
大剣がうなったかと思うと、次の瞬間には敵兵の首が並んで二つ、飛んでいたりする。
脇から槍で刺そうとしたグラワリア兵の槍の柄をつかむと、槍を持った相手ごと柄をふりまわして敵の体を谷の壁に勢いよくたたきつける。
さすがに強敵と悟ったらしく、敵が三人一斉に槍で踏み込んできたかと思えば、あきれたことに軽装であるりをいいことにその槍の上をましらのように跳躍し、次の刹那には三人の頭が熟れた果実を石でたたきつぶしたみたいに大剣で破裂させている。
むちゃくちゃというか、でたらめというか、ほとんど本能だけで戦っているかのような勢いである。
まともな戦術だの剣術だのといった次元を超えて、とにかくリューンは、強かった。
こんな男を敵にまわしたグラワリア兵こそ悲惨というべきだが、彼らには逃げようにも逃げ場がない。
南の谷間には、友軍がぎっしりと詰まっているのだ。
結局、リューンのような怪物じみた男と正面から戦わねばならない羽目になる。
だが、リューンの強さはほとんど人間離れしていた。
その青と銀との別々の色の瞳ともあいまって、初見のグラワリア兵たちにしてみればリューンは一介のアルヴェイア兵というよりは、むしろ一匹の魔獣だった。
とはいえ、なかには目端の利く者のグラワリアのなかにはいる。
「あいつは敵の百人隊の隊長……いや、もっと上かもしれんぞ!」
百人隊とは三王国の王国軍共通の、百人の部下を率いる下士官のことである。
実際には、リューンは王国軍の兵士ではなくエルナス公家の私兵なのだが、五百人の部下をひきいているため王国軍流にいえば百人隊長よりも上ということになる。
「あの男をねらえ!」
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