10 ぶざまな戦

「ぶざまだな」

 ガイナスは、馬上でひとりごちた。

 この戦全体が、彼にとってはひどくぶざまで、ほとんど滑稽にすら感じられたのである。

 あらゆる戦がぶざまであることを、ガイナスは知悉していた。

 軍記物や年代記といった史書には、よく知将と猛将のしのぎをけずるような激闘が描かれているが、実際の戦がそうした脚色化された物語のようにうまくいくことは、絶対に、ない。

 机上での演習と実際の戦は、完全な別物である。

 ありとあらゆる不確定要素が戦を支配する。

 なんでもないと思っていたようなことで、最高の策は下策中の下策に変わり、愚劣な将が思わぬ幸運で勝ち戦を拾ったりするものだ。

 今回の戦も、いつものようにぶざまなものだった。

 まず、一番ぶざまなのはこの自分だ、とガイナスは笑いながら思った。

 結局のところ、いままではクーファー教団の火炎法力に頼りすぎていた、ということだろう。

 あの爆発の原因がなんなのか、いまだにガイナスにはよくわかっていない。

 ただ、空気中に舞っている煤のようなものとなんらかの関係があることは、まず間違いなかった。

 肝心のクーファーの僧侶たちは、自ら発火させた爆発のせいでみな消し炭になるか、ばらばらにちぎれた肉片となったらしい。

 彼らは火炎と破壊の神に仕えていたのだから、その死に様は本望だろう。

 結局のところ、この爆発をしかけるためにレクセリアはわざわざ狭隘なヴォルテミス渓谷へとこちらを誘い込んだのだ。

 言うまでもなく、この谷は死地である。

 ゼルファナス軍、スィーラヴァス軍という敵の遊軍に後背を衝かれる可能性がある以上、ガイナスにとっても、レクセリアにとっても谷に陣取るのは非常に危険な綱渡りなのだ。

 だが、ガイナスはあえてこの賭けにのった。

 レクセリアの奇策を読めず、密集させた敵兵をクーファーの火炎法力で焼き払うつもりで。

 そして賭けに負けた。

 だが、それからのレクセリアの行動もまたぶざまなものだった。

 彼女は爆発の威力を過大評価しすぎたのだ。

 そのため、爆発でやられたガイナス軍前衛を王国軍歩兵で撃滅したまではよいが、さらに縦深陣の奥にまで兵を進めて包囲されるという失態をさらした。

 もっとも、これはガイナスが素早く騎士たちを下馬させ。歩兵として運用したせいもある。

 騎士の使い方は、ただ突撃させるだけではないのだ。

 もともとが重武装している彼らは、ひとたび馬から下りれば優秀な重歩兵となりうるのである。

 レクセリアは爆発のせいで暴れる馬が使い物にならなくなったと思ってしまった。

 そこまでは正しい。

 彼女の不幸は、馬と騎士を同一のものと誤解してしまったことにある。

 騎士とは馬に乗っている兵士にすぎない。

 このあたりは経験の差かもしれない、とガイナスは思っていた。

 そもそもクーファーの火炎法力を逆手にとり、あのような奇策を成功させる時点で、レクセリアの将としての器は並ではない。


(だが、奇策を成功させるのにこだわりすぎたな)

 

 それがガイナスの正直な感想だった。

 おそらくあの策を成功させるのに、レクセリアは必死だったのだろう。

 だから軍勢をこの谷間の地に入れるという愚を犯した。

 奇策は所詮、奇策にすぎない。

 一度、相手の不意をついたとしても、戦闘は続行する。

 そのあとの展開を、レクセリアは甘く見ていたのだ。

 だからさらにぶざまなことに、ガイナスの兵とレクセリアの兵は、狭い谷間にぎゅうぎゅう詰めになって、互いに押し合いへし合いをしている。

 こうなればもう、文字通り引くに引けない状況である。

 だが、レクセリアと違い、ガイナスにはランサール雷槍団というもう一つの手札があった。

 人数にすればわずか五百であり、稲妻を放つとはいえその力は敵軍を一瞬にして壊滅させるような、圧倒的なものではない。

 とはいえ、戦術的な意味では十分に使いでのある手駒といえた。

 空ではすでにごろごろと石を転がすような雷鳴が轟きつつある。

 もしこれから雨が降り、大気に舞った例の煤のようなものを洗い落としてくれれば、ランサール雷槍団の稲妻の法力も安全に使えるだろう。


「ガイナス陛下! スィーラヴァス軍より魔術伝令! スィーラヴァス公はヴォルテミス渓谷の南に布陣中とのことです。これより後背から、レクセリア軍を攻撃すると……」

 ついにきたか、とガイナスは笑った。

 予想通り、スィーラヴァスはゼルファナス軍とほとんど戦わなかった。

 もっとも、レクセリア軍にこちらが圧倒的な敗北を喫していれば、スィーラヴァスは即座に寝返り、こちらの後方を攻撃してきただろうから状況はまだまともといえる。

「タキス伯より魔術伝令!」

 新たな伝令が届いた。ちなみにタキス伯アヴァールはしんがりをつとめており、谷の北に目を配っていた。

「ゼルファナス軍とおぼしき敵軍が、ヴォルテミス渓谷の北方に展開中とのことです」

 これもまた、ガイナスの予想通りだった。

 むろん、それなりに後背の守りは固めてある。

 とはいえ、北と南から挟撃されるのは気分の良いものではなかった。

 これでヴォルテミス渓谷には、北から順に、ゼルファナス軍、ガイナス軍、レクセリア軍、スィーラヴァス軍と四つの軍が並んだ格好になる。

 それぞれ接している軍勢は敵軍なので、北端と南端のゼルファナス軍とスィーラヴァス軍に対し、ガイナス軍とレクセリア軍は一度に二軍の相手をしなければならないので不利といえた。

 もっとも、損耗を恐れるスィーラヴァス軍とゼルファナス軍が、積極果敢な攻勢をしかけてくるとは思えない。

 彼らは互いに、レクセリア軍とガイナス軍が自滅しあうのを望むだろう。

 彼らは友軍のふりをしているが、厳密には友軍ではないのだから。


(さて……レクセリア、おまえはこのぶざまな戦をどう戦い抜くつもりだ?)

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