12 唾棄
「くそ! 結局、貴族連中なんてのはそんな奴らばっかりか! だとしたら、俺たちは……」
「エルナス公は、スィーラヴァス公との正面対決を望んでいない。まあ、両者ともに一応、敵と戦ったくらいの実績は残さなくちゃいけないからそれなりに小競り合いはあるだろうがね……」
つまり、ガイナスとレクセリア、互いを戦わせてゼルファナスとスィーラヴァスは高見の見物を決め込む、ということらしい。
正直にいって、リューンには愉快ではなかった。
愉快どころか、不愉快きわまる。
政治と外交の延長が戦争とはいえ、あまりにも醜悪ではないか。
曲がりなりにも友軍が戦っているというのに、それを看過して後の政争のために自分たちの兵だけを温存するとは。
「きたねえな……実にきたねえ」
「そりゃそうさ」
カグラーンが、陰鬱な表情で言った。
「戦争ってのは、いっつもきたねもんだよ。兄者だって俺だって、今更、ガキじゃねえんだ。もっと汚い戦をやったことだってあるだろう?」
リューンもむろん、カグラーンの言っていることは理解している。
だが、そうした意味での汚さと、今回のスィーラヴァス公とエルナス公の動きというのはまた別次元の問題のようにも感じられるのだ。
「さすがはエルナスの殿様だ……あの人は、おっかねえよ」
革袋に入れた水を飲むと、カグラーンが言った。
「あんなきれいな顔して、平気でこんな真似をしでかすんだからな」
「まだ……まだ、そうと決まったわけじゃねえだろ」
リューンは思わず言った。
「カグラーン、なにもかもおまえの考えすぎってこともあるだろうさ」
だが、弟は首を横に振った。
「だったらいいがね。百ソラリーサ賭けたっていい。明日の戦じゃ、スィーラヴァス軍も俺たちゼルファナス軍も、真っ正面からぶつかりあうようなことにはならないね。適当に距離をおいて、小競り合いをして、互いにやり過ごす。もし俺たちに出番があるなら、その後だな」
「その後?」
リューンの科白に、カグラーンはうなずいた。
「ガイナス軍とレクセリア軍が戦って、どっちかが不利な状況になれば、潰走を始めるだろう。でも、戦場はあの谷間だ。その出口を塞いで包囲殲滅すれば……」
「けっ」
リューンは舌打ちした。
「つまりは敗残兵の後始末ってわけか」
「それでも戦果は戦果、違うか?」
悔しいが、カグラーンの言う通りだった。
「しかし……俺にもあのお姫様の考えていることだけはわからねえ」
エルナス親衛隊の副団長は、癖のある黒い髪をかきむしるようにした。
「なんであんな谷間をわざわざ戦場に選んだのか……敵軍の包囲をさけたかったのかもしれないが、さっきもいったようにあんな谷間にこもれば逃げ場がなくなる。出口をスィーラヴァス軍に塞がれたら、それで終わりだ」
「あのお姫様のことだ……なにか、とんでもないことを考えているんじゃないか?」
実際、リューンにもレクセリアの思考が読めなかった。
なぜ狭隘な谷間にわざわざ陣を敷いたのか。
常識的な用兵からすれば、異常とさえいえる行為である。
グラワリア軍、特にガイナス軍がシャラーンの神の法力を使ってものすごい炎を生み出すらしい、という噂はリューンたち一兵卒にも伝わっていた。
あるいは、レクセリアはその炎に対抗するためにあんな奇妙な陣を敷いたのだろうか。
だが、谷間に兵を込めれば自然と密集隊形になる。
そうなれば火炎による攻撃をうけたときに、ますます被害が増えるだけだと思うのだが。
「あのお姫様の考えることだけは……どうにも、わからねえなあ」
リューンは深々と息を吐いた。
思えばフィーオン野の会戦で彼女を助けてからというもの、リューン本人の運命にも変転が訪れた。
いまでは彼女の政敵と目されているゼルファナス麾下で、こうしてエルナス親衛隊の隊長を務めている。
一介の傭兵団の団長にすぎなかった頃から比べれば、破格の出世といってもいいだろう。
なにしろエルナス公といえばアルヴェイア一の大貴族であり、その権勢は王家にも近づこうというほどなのだ。
否、王家よりも諸侯が政治に口を出す機械が多い現在のアルヴェイアでは、ある意味ではお飾りの王家よりも上の存在、とすらいえるかもしれない。
にも関わらず、さきほどのカグラーンの話を聞いているうちにリューンの胸中で妙な感情が芽生え始めていた。
(ひょっとして……俺は、つく相手を間違えたのか?)
もしカグラーンの読みが正しければ、明日の戦ではエルナス公ゼルファナスは極力、自分の兵に被害が出ないような戦い方をするだろう。
それが陰湿ではあるが保身の策であることはリューンにも理解できる。
貴族諸侯というのがきれい事だけではすまされない存在だということも。
それでもどうしても、つい考え込んでしまうのだ。
(これだったら傭兵のまま……あの王女様の下でやりたい放題、戦ったほうがましだったかもしれねえな……)
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