10 ネルトゥスの忠誠


 その理屈は理解できる。

 だが、それではガイナス軍に対する守りは、攻めは、どうなるというのだ?

 自ら谷間にこもれば兵士としては逃げ場がない。

 それこそ、死力を尽くして戦うだろう。

 だが、それでも騎士の突撃に歩兵は耐えられない。

 結局は陣は壊乱させられ、逃げ場を失った兵たちはグラワリアの騎士たちの馬蹄に踏みつけられることになるだろう。

 場合によっては、密集しているということで圧死する者さえでるかもしれない。

 どう考えても、こんな陣形は異常なのだ。

 だが、そんなネルトゥスの胸中を知ってか知らずか、レクセリアは話を続けた。


「よろしいですか? ネルトゥス卿。あなたがた騎士の役割は、非常に重要なものとなります。ゼルファナス軍は、おそらく『それなりに見事に』戦うでしょう……ですが……」


 その瞬間、ネルトゥスは背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 ゼルファナス軍は有力諸侯の軍勢が集まったものだ。

 だが、彼らはいったいどこまで、『真面目に』戦うのだろうか?

 有力諸侯たちのなかには、内心、レクセリアの存在を面白く思っていない者のいるらしい。

 なにしろレクセリアは数世代ぶりに現れた、王家のなかでも特に有能な人材である。

 女性であるというのに一軍を率い、いまのところ見事に軍勢をまとめあげている。

 そしてこのような王族は、現在の諸侯中心の政治が続くアルヴェイアでは、邪魔者にすぎないのである。

 そもそもこの戦で勝ったところで、諸侯たちが直接的に利益を得るわけではない。だとすれば……。


(すでにレクセリア殿下は、自らの軍が諸侯たちに見捨てられることを想定しておられるのか)


 再び背筋が総毛立つのがわかった。

 諸侯軍を率いているのはゼルファナスだ。

 そしてゼルファナスはレクセリアとも仲が悪い。

 ある意味ではアルヴェイア国政においての政敵といってもいいだろう。


(もし、ゼルファナス軍がスィーラヴァスと適当に戦い、レクセリア軍を見捨てたとしたら……)


 スィーラヴァス軍からレクセリア軍を守るのは、ネルトゥスたち騎士の突撃ということになる。

 レクセリアが果たして、どのような手を使ってガイナス軍を破ろうとしているのかはわからない。

 だが、すでに友軍であるゼルファナス軍の動静すらも警戒しているほどの彼女が、なんの策もなしにガイナス軍と戦うとは思えなかった。


(やはりなにか、策があるのか……)


 それにしても、ゼルファナス軍までも完全に友軍として信用できない、というのはなんとも恐ろしい話ではあった。

 さらに皮肉なのは、他ならぬゼルファナスを副将につけたのが、レクセリアの兄の現国王シュタルティス二世である、ということだ。

 兄であるあの男は南部諸侯の反乱の際も、自分で軍を率いようとはしなかった。

 今回もまだ十五の妹に軍勢を率いさせたあげく、妹を信用しきれずにゼルファナスという「目付役」をつけている。

 だが、ネルトゥスにはゼルファナスが王家や国王のために働くとは、とうてい思えないのだ。

 あの男にはなにか得体のしれぬところがある。

 正直にいえば、ネルトゥスはゼルファナスが恐ろしくさえあった。

 そんなゼルファナスをこの軍の副将に据えるあたり、やはり国王シュタルティス二世には王としての資質は欠けている、といわざるをえない。


(やはり……レクセリア殿下こそが、女王として即位なさるべきだったのではないか)


 先王ウィクセリス六世が残した「遺言」の噂はネルトゥスも知っていた。

 シュタルティスを廃嫡し、レクセリアを女王にすべしという遺言である。


(もし噂が真であれば……)


 レクセリアがその意志を示しさえすれば、真に国を憂える者たちは彼女こそを女王に祭り上げようとするのでないか。

 すでに彼女は、王国軍の信頼を勝ち得ている。

 くわえて民衆の人気も、南部諸侯軍を撃滅して以来、ひどく高まった。

 諸侯のなかでも、現在の有力諸侯とはいえない者たちの間には彼女が女王に即位することを支持する者もいるだろう。

 いや、とネルトゥスは思った。

 そんなことは、誰よりもレクセリア自身が一番よく知っているはずだ。

 彼女はそれを承知で、あえて王国を二分するような真似をさけたのだ。

 だが、もし今度の戦で見事、ガイナス軍を破り、王都メディルナスに戻ったとしたら……。

 まだ新王シュタルティスの治世に、アルヴェイアの民は慣れていない。

 しかしあの王はそもそもが南部諸侯軍が決起するきっかけともなった、林檎酒税のような悪税を発案するような人物である。

 これからもしばらく悪政を行うこととなるだろう。

 そうなれば、たとえレクセリアが望まずとも、彼女はいずれ王位につくよう周囲にせきたてられるようになるだろう。

 もしそうなれば、彼女はいったい、どうするのだろうか?

 そこまで考えて、ネルトゥスは思わず苦笑した。

 いまはそんな将来のことを考えている場合ではない。

 おそらく明日には北から谷をやってくるガイナス軍と激突することとなるだろう。

 敵はこちらよりも多いのだ。

 おまけに謎の火炎を使う神の僧侶たちもいるという。

 だが、とネルトゥスは思うのだ。

 もし、将来、レクセリアがシュタルティスと王位を争うことになれば、間違いなく自分はレクセリアの側につくだろう、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る