5 破壊行為

 巨大な天幕のもとに、アルヴェイア軍を率いる指揮官たちが集っていた。

 場所はフィンディ河の南の牧草地である。

 東に行けばアリッド山系にゆきあたるこのあたりは海抜が高く、また農耕をするに土壌が貧しいため、古来より牧畜が盛んだった。

 とはいえ近年では、このあたりの人口は減少傾向にある。

 度重なる戦のせいで人口が減ると、人の住む領域が狭くなる。

 そこに人に害をなす魔獣の類が入り込み、人畜を遅うことでますます人口が減る。

 この悪循環を繰り返して、いまいるフィンデイル伯領の人口も実に往時の半分に減っていた。

 アルヴェイア軍が夜営を行ったのは、魔獣の度重なる侵入によってついに廃棄されたらしい村の廃墟の近くである。

 まだ井戸水は使えたし、高所に位置していたためいざというときの防御の際にも都合がいいため、今夜の野営地に選ばれたのだった。

 さすがに高原地帯であり、外にでれば夏とも思えぬような寒風にぞくりとさせられることもあるが、天幕のなかには熱気がこもっている。

 何人もの貴族や、王国軍の将校が円を描くようにして天幕に座していた。

 当然のことながら、もっとも上座に座っているのは王妹たるレクセリアである。

 王国軍の将校の一人、黒い短髪と赤銅色に焼けた肌が印象的な三十代後半の男が、小さく咳払いをすると言った。


「皆様にご報告申し上げます。魔術偵察、および斥候などの情報を総合しますと、現在、グラワリア軍はネルディ候領のいずこかにいることはまず確実と考えられます」


 それを聞いて、諸侯の一人、栗色の髪を持つ若者が愉しげな笑い声をあげた。


「ははは……そうりゃあそうだろう。グラワリア軍は、ネルディに侵攻してきたっていうんだからね。そんなことは、子供にだってわかることだ」


 それを聞いて、何人かの貴族や王国軍の将校たちが眉をひそめる。

 とはいえ、ネス伯ネスヴィールは、双子騎士団を率いる有力諸侯の一人である。

 むげに扱うわけにもいかない。

 だが、ネス伯の隣にいた、彼とそっくりな顔をした若者がにやにや笑いながら言った。


「ネスヴィール、ここは軍議の場なんだから、いつもの調子でふざけてもらっては困る。ただでさえ、君はネス伯家の格式とか威信を一人で下げてまわっているんだ。いいか、これから私たちは戦争をするんだよ」


 そう言うと、ネス伯の双子の弟ネスファーが大仰な仕草で手を頭上にあげた。


「ああ……戦場が私を呼んでいる! 溢れる血しぶき! 飛び散る脳漿! 兵士たちの苦痛の叫び! 死の叫喚! まったく、わくわくさせられるね」


「我がネス伯家の格式を落としているのはお前のほうじゃないのか、ネスファー。いいか、こういう場ではたとえ思ったことでも迂闊に口にするものじゃない。確かに戦争は愉しいし、僕も戦争は大好きだ。騎士たちを突撃させて敵歩兵を蹂躙するなんて実にわくわくする。しかし、これは真面目な軍議の場なんだ。もっと真面目に殺し合いの話をしようじゃないか」


「殺し合いだなんて表現はやめよう。これは誇り高き戦争なんだ。もっとこう、この場にふさわしい勇壮で果敢で華麗な表現を……」


 二人の双子の掛け合いを聞いているうちに、諸卿や将校たちの顔がますますひきつっていった。

 もともとネスは「奇人変人の名産地」という、かなり不名誉な呼び名を有しているのだ。

 どうやら古代のある種の呪い……ただし、地元民はこれを「ご先祖の冗談」と呼び慣わす……によって、一卵性双生児とともに、性格的に奇矯な者が生まれることが多いようなのだ。


「ああ、ええ、その」


 王国軍の将校が、ごほんごほんと不自然な咳払いをした。

 彼らはほとんどが平民階級の出身であり、たたき上げの軍人である。

 貴族たちの奇怪な言動には慣れていない。


「そにかくその……ええと、グラワリア軍がネルディにいることは確かでして……四日前に、ターラキアのネシェリカ寺院に入った情報によりますと、彼らはネルディの主要な都市や村落などを徹底的に破壊し、放火しているとのことです。特に鉱産施設の被害が甚大とのことで」


「ほほう」


 左目のまわりに奇妙な痣のある男が、神経質な動きで自らのあざのあたりに手をやった。

 鋭い感じの美男ではあるが、当人は痣のことを異常に気に病み、自らが恐ろしく醜いと信じ込んでいるため、痣が目立たぬよう左目のあたりに長い癖のある黒髪を垂らしている。

 彼、ナイアス候ラファルは、ネス伯以上の領土と権勢、そして兵力を誇る大貴族だった。


「ガイナス王……火炎王の名にたがわぬ行為だが……正気ともおもえんな。ネルディといえば全セルナーダの鉄製品の三割を産するというではないか。それなのに、街を破壊して火をつけるとは。おまけにわざわざ主要産業の、鉱産施設を徹底的に破壊するとは。奴の目的は一体、なんだ?」


 それは、この場に居合わせる誰もが抱えている疑問でもあった。

 

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