4 グラワリアの事情
「政治的……政治的ね。俺にはよくわからねえが、王様だの貴族の殿様だのとお近づきになると、いろいろ面倒になるもんだなあ……まったく、俺がさっさと王様になれば話は楽になるんだが」
もの凄いことを、リューンはさらりと口にした。
王になる。
それは、リューンの夢である。
否、夢というより、リューンの意識のなかではそれはすでに既定の事実なのだ。
いずれ自分が王になることを、リューンは疑ったこともない。
彼はウォーザの目の持ち主である。
そして、ウォーザの目の持ち主がいずれ「嵐の王」と呼ばれることなるという予言を彼は信じているのだった。
「兄者」
カグラーンがあわてたように言った。
「前々から言っているだろう! 俺たちはもう昔のようなただの傭兵団じゃない。一応はエルナス公に仕える兵隊なんだ。あんまり、その……王になるとか、大声で言わないでくれよ」
「へっ」
リューンは気楽な口調で言った。
「どうせ誰も聞いてやしないし、よしんば聞いていたって真に受けないだろうよ。馬鹿がなにか言っている、それですまされて終わりだ」
ごくあっさりとした口振りである。
「なんだ。兄者は自分が馬鹿だって自覚くらいはあるのか」
弟の辛辣な言葉に、リューンはうなずいた。
「ああ、俺は馬鹿だよ。馬鹿で結構。小賢しいことを考えるような奴は、所詮は小者だ。本気で王様になるんなら、俺くらいの大馬鹿じゃないとな」
大人物なのかあるいは真性の馬鹿なのか、リューンは堂々とそう断言した。
「それに、いまの王様だって案外、馬鹿揃いじゃないか。ま、『うちの国の』王様は当然として……」
それが先日、即位したばかりのアルヴェイア国王、シュタルティス二世のことであると気づいたらしくカグラーンが顔を青ざめさせた。
「あ、兄者! そ、それはいくらなんでも不敬ってもんじゃ……」
「不敬だけど本当のことだろ」
リューンはあっさりと言った。
「それにグラワリアの王様だって、馬鹿だ。なんでも無理矢理、国中から兵士をかき集めてアルヴェイアに侵攻してきたんだろう? 賢明な王様だったら、戦なんて馬鹿げたことは出来るだけさけるもんだろうが」
もともとが傭兵あがりで現在は職業軍人であるにも関わらず、自らの仕事の存在意義そのものを否定するような言葉を平然とリューンは吐いた。
だが、彼の言葉に一面の真実が含まれていることもまた事実である。
「グラワリアの王様は……そうだなあ、確かに兄者とどっか似たような種類の馬鹿かもしれないな」
カグラーンが、しかつめらしい顔をして言った。
「確か、グラワリアは王様と弟で、喧嘩していたんじゃなかったか?」
兄の問いに、カグラーンが答えた。
「ああ。いまのグラワリア国王はガイナス三世……別名、火炎王って呼ばれてる。なんでももの凄い赤毛で、髪の毛が燃え上がっているように見えるんだそうだ」
「へえ……火点けが好きな王様だ、って聞いたような気もするけどな」
「そういう説もある」
カグラーンはうなずいた。
「なんでも炎が燃えるのが好きで、征服した土地を焼き払うのがなにより愉しみだとか……まあ、ある意味じゃ兄者以上の馬鹿かもしれないな」
「ああ、俺なら征服した土地をそのまま焼いたりしない。金目のものをぶんどって、女を……」
リューンは胸を反らせてほとんど得意げに言ったが、そこにカグラーンが口を挟んだ。
「いやもちろん、ガイナス王だってそこまで馬鹿じゃない。ちゃんと略奪を済ませてから土地を焼くっていうんだけどな……って、まあ、それはともかくとして、この火炎王と昔から仲が悪かったのが、異母弟のグラワール公スィーラヴァスだ」
「イボテイ?」
兄の問いにカグラーンが答えた。
「つまり、母親が違う息子ってことだよ。ガイナス三世は先王の嫡出子で、対するスィーラヴァスは妾の子だ。この兄弟は、性格も水と油ならぬ、水と炎って感じでな。兄貴のガイナスは派手好みで、剛胆で、戦好きで……まあ兄者の言う通り、馬鹿な面がある。それに対してスィーラヴァスってのは冷静で、謀略に長けていて、そしてグラワール公ってくらいでグラワール湖の水運業者や商人たちから支持されている」
「グラワール公? なんだか、グラワリアって国の名前と似ていてややこしいな」
「そりゃそうだ。グラワリアって国そのものが、もともとグラワール湖から派生した名前なんだから。グラワリアってのは、中心にグラワール湖ってでかい湖があって、そのまわりに国土が広がっている。で、グラワール公っていうのはグラワリア独特の爵位で、領土をもたない……というか、グラワール湖という湖そのものが領土なんだ」
それを聞いて、リューンが首をひねった。
「湖が領土……って、それってなにか意味があるのか」
「大ありだよ」
カグラーンが言った。
「なあ兄者、考えてもみろ。湖が領土ってことは……たとえばその上を船が行き交ったりすれば……」
「ああ、そういうことか」
リューンは納得がいったようにうなずいた。
「要するに、通行税がとれる。そういうことだろ?」
自分では馬鹿だ馬鹿だといっているわりには、リューンの頭脳はなかなかに鋭敏である。
学はないが、知性はむしろ並みの者より遙かに恵まれているのだ。
「そういうことだ。で、まあこのグラワール公位ってのはいままでは国王が兼任することが多かった。アルヴェイアでいえば、メディルナス公を国王が兼任しているようなもんだな。ところがいろいろごたごたがあって、グラワリア国王位はガイナス三世が、一方のグラワール公位はスィーラヴァス卿が継ぐことになったわけだ。軍隊やグラワール湖から離れた外縁地域の諸侯はガイナス派、一方の水運業者や水軍はスィーラヴァス派で、ここ何年かほとんどグラワリアは内戦に近い状態が続いていたわけだが……」
「なぜか犬猿の仲のはずの、その火炎王と水の弟が結託して、いきなりアルヴェイアに攻め込んできた、そういうことか」
カグラーンは首肯した。
「ただ、俺はこの二人は完全に仲直りしたわけじゃないと踏んでる。二人ともそれぞれなにか思惑があって、アルヴェイアに攻め込んできたんだろうな。名目としては、ガイナス王の従姉妹の婿、つまりラシェンズ候がアルヴェイア王家に討ち取られた仇をとるため、ってことになってるが……」
三ヶ月ほど前に、リューンたちも参加した南部諸侯反乱の戦は、林檎酒軍こと南部諸侯軍を率いていたラシェンズ候ドロウズが死亡して終息した。
実は、このドロウズの妻がアルヴェイア王家の姫なのである。
「そもそもあの南部諸侯の反乱も、あるいは裏でガイナスかスィーラヴァスが糸をひいていたのかもしれないな。あの戦でもしラシェンズの殿様が勝っていれば、王都にまで攻め上って自分の息子を次代のアルヴェイア王にしたかもしれない。そうなれば、グラワリア王家の血をひく新王がアルヴェイアに生まれて、グラワリアとしてはいろいろとやりやすかったろうからな」
リューンが舌打ちした。
「くそ……なんだかこう、従姉妹だのイボテイだのなんだのかんだのといろいろと王様だの貴族だのってのは、ややこしい関係になってるな」
「そりゃそうだ」
エルナス親衛隊の副団長は、にやりと笑った。
「そもそもいまのセルナーダを三分する三王家は、もとをたとればセルナディス帝国の皇帝家に遡る。各国の貴族も、まあいろいろと勃興してきた新興貴族もいるが、だいたいは血筋をたどれば帝国貴族にまでたどり着く。そんな連中がそれぞれ権力拡大のために互いに血縁関係を結んで何百年とたってるんだ。いまの王様も貴族も従兄弟だの甥だのとちょつとたどっていけばそれぞれ姻戚関係を結んでいるんでいろんな家門と結びついている」
「面倒くせえなあ」
ふいに、リューンが凄みのある笑みを浮かべた。
「そもそも国が三つもあるから面倒なことになるんだ。俺が王様になったら……このセルナーダ全体を昔みたいに一つの国にしちまえばいい。貴族なんて面倒な奴らは皆殺しにして、俺一人が王様やってりゃいいんだ。なあ、カグラーン、お前はそうは思わないか?」
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