7 処罰
通常、諸侯は領内で集めた税の、五割を王家に治めている。
実質的にはともかく、建前としてはアルヴェイア王国のすべての動産、ならびに不動産は王の所有物なのだ。
諸侯たちはあくまで王家の土地を貸与され、その土地を経営する報酬として税収の五割を与えられる、という仕組みになっているのである。
いままで一度として、この割合に手をつけたものはいない。
朝貢率五割というのは、アルヴェイア建国からこのかた、王と貴族たちの間では朝には太陽が昇るのと同じくらいの、いわば常識だったのである。
たとえ反逆に対する処罰とはいえ、朝貢率五割の原則を、レクセリアはうち破ろうとしているのだ。
「とりあえず、王家としては反逆者に対してあくまで寛容の度量をみせ、いままで通りに領土を統治させます。ただし、そのぶん、王家に払う税の割合は大幅に増額させる。処罰としてはふさわしいものと思いますが」
レクセリアの科白に、貴族たちは眉をひそめた。
彼女の真意に気づいたものたちのなかには、あまりにも直接的な意図に、ひそかに笑みを浮かべる者さえいる。
つまりはこういうことだ。
レクセリアの案に従うとすれば、租税の朝貢率七割は、とりあえずは南部諸侯のうちの反逆者の領地でのみ適用されるだろう。
だが、いつまでも王家への朝貢の割合が不均等であれば、不公平というものである。
その後、王家が……より正確にいえばレクセリアが……さまざまな理由をつけて、朝貢率七割という割合を他の貴族諸侯の領地にも適用するということは十分にありえるのでないか。
つまりはこれは露骨な、王権強化の策である。
当然のことながらいま会議に出席している貴族たちからみれば、これは面白くない案だった。
下手をすれば、いずれ自領にまで朝貢率七割という法が適用されるかもしれないのだから。
(確かになかなか活発な王女様だが、所詮はこのあたりが小娘、ということか)
笑みを浮かべた諸侯たちは、内心、そんなことを考えていた。
レクセリアがなにを考えているかは、明らかである。
要するに、いずれは王国全土の朝貢率を七割にするつもりなのだろう。
そうなれば王家と中央集権国家としての王国の力は強まるが、諸侯の力は弱まることになる。
(下心が見え透いたこんな案に賛同などできるものか)
それが有力貴族たちの本音だった。
このあたり、レクセリアはやはり子供だ、と彼らは感じていた。
自分の力を弱めるような案に賛同する者がいるはずもない。
あるいは王家の権威をかさにきて自らの案を強行しようというのであれば、レクセリアの底が知れようというものである。
フィーオン野の戦いで王家の威信はそれなりにあがったが、かつての王が絶対者であった頃とは時代が違う。
戦上手ではあるが、レクセリアには政治というものがまるでわかっていないと諸侯たちは判断した。
(所詮、まだ十五の少女なのだな)
理想家は、往々にして現実を見ようとしない。
少なくとも老練な貴族たちの目には、レクセリアは理想論を並べ立てるだけの子供に見えた。
「レクセリア殿下」
一同を代表するようにナイアス候が言った。
「なるほど、反逆者たちの朝貢率をあげるというのは、決して悪い案とは申せません。つまり公然と王家に反旗を翻した罪を償うため、反逆者たちに多額の税を払わせることで王家に忠義を尽くさせようということでございますな」
「その通りです」
レクセリアはうなずくのを見て、ナイアス候が続けた。
「案そのものは、賢明なものと申せましょう。一度、王家に敵対したものの贖罪として、王家と王国におさめる税率を増額させる。その点については異存はございません。しかしながら……果たして、それは反逆者だけに適用されるものと理解してよろしいのですかな? たとえばの話ですが、もしレクセリア殿下の仰有る通りにすれば、王家に反逆した者は朝貢率をあげる、という先例をつくることとなりましょう。ですがこれは一歩間違えれば、王家は自由に、諸侯からの朝貢率をあげることが出来る、ということにもなりますぞ」
「つまり」
レクセリアはまっすぐにナイアス候を見据えると言った。
「王家が勝手に諸侯を『反逆者』と認定して、朝貢率をあげていく恐れがあると……それを危惧しておられるのですか?」
レクセリアは言葉を飾らず、ずばり核心をついて言った。
ナイアス候が左目を隠したあたりの髪をおちつかなげに弄びながらつぶやく。
「殿下の仰せの通りです。むろん、我らアルヴェイア百諸侯は、王家への忠義を忘れたことはございません。しかしながら、朝貢率をあげるためにいつ『反逆者』と扱われるのかもわからぬようなことになれば……」
「落ち着かない、でしょうね」
あくまでも穏やかにレクセリアは微笑した。
「ですが、その点に関してはご安心下さい。もしそのようなことをすれば、王家は諸侯からの信を失うこととなりましょう。今回、反逆した南部諸侯の朝貢率をあげるのは、あくまで懲罰のため、です」
レクセリアは断言した。
だが、諸侯にしてみればこれは婉曲な恫喝である。
この案を呑んでしまえば、以後、貴族たちは王家に叛意ありと見なされないよう、動きを慎重にせざるを得ない。
しばし、あたりに沈黙が落ちた。
レクセリアの言っていることは、少なくとも正論ではある。
要するに、ラシェンズ候や林檎酒軍に参加した他の南部諸侯のように王家に敵対することさえなければ、貴族たちはいままで通りの税率で王家に税を払えばいいのだ。
とはいえ、王家の監視の目を意識して諸侯がいろいろとやりづらくなるのも事実である。
何人もの有力諸侯たちが、互いに目配せを交わしあった。
このままでは、彼らにとってあまり面白くないことになる。
有力貴族にしてみれば、今の王家などただの飾りに過ぎないのだ。
実際には、彼らが興味があるのは自分たちの権勢を拡大することだけである。
(さて、誰か、この思い上がった小娘にぴしりと言ってくれるものはいないか)
自然と、貴族たちの目は一人の若者へと集中していた。
すなわち、王家の分家にしてアルヴェイア最大の貴族、エルナス公ゼルファナスへと。
(さて、問題はここからですね)
レクセリアは従兄弟をじっと見つめていた。
彼女としても、自分の策が簡単に貴族たちに受け入れられるとは夢にも思っていない。
手練手管にたけた貴族連中は、なんとしてでも朝貢率七割という先例をつくらぬよう、反撃してくるだろう。
果たして、ゼルファナスが言った。
「率直に申し上げます」
エルナス公は、輪を描くような置かれた卓の向こう側から、レクセリアを凝視してきた。
「なるほど、陛下のお考えもよくわかります。確かに南部諸侯に対してあまり厳しい懲罰をすれば、禍根を生むこととなりましょう。しかしながら、彼らの犯した罪は、許し難いものです。こともあろうに、林檎酒軍なる者たちは、王家に対して反逆し、しかも兵馬を集めて軍を起こしたのです。このようなことが、許されるはずもありません。ここで王家としても、果断な処置を示すことが肝要かと存じます。第二、第三の林檎酒軍を出さぬためにも、反逆者どもには厳重なる処罰を下すべきです」
レクセリアはうなずいた。
「なるほど。では、ゼルファナス卿は、いかなる罰を彼に下すべきだとお思いですか?」
その問いに、微笑をたたえたままゼルファナスは凄まじいことを言った。
「死、あるのみです。林檎酒軍に参加した者は、全員、死罪。もちろん家門は断絶させ、一族郎党、皆殺しにするのが後顧の憂いを断つためにも最良かと存じます」
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