6 提案

 どんな法令を探しても「王家に連なる者でも女であれば国政に口を出してはいけない」といった条文はない。

 そもそも、最初から王女が王国の政治を取り仕切る、などという事態は想定されていないのだ。

 基本的に、王女の仕事といえば王家のために有力者に嫁ぎ、子をなすことだというのが時代の常識なのである。


「なるほど」


 ゼルファナス卿が、鷹揚にうなずいた。


「レクセリア殿下のお覚悟のほど、臣として感服つかまつりました。私も浅薄非才の身なれど、王家と王国の繁栄のために身を粉にする所存です」


 とはいうものの、果たしてゼルファナスの科白を会議に臨席した諸侯がどこまで本気にしたものか、わかったものではなかった。

 なにしろエルナス公は、まだ若く病弱とはいえ王国一の大貴族である。

 さらにいえば、王家のなかでもレクセリアとの個人的な仲はあまり良くはない、というのは王宮に出入りする者たちの間では広く知られていた。

 ウィクセリス六世はなんとか娘のレクセリアをゼルファナスと娶せて王家とエルナス公家の関係を安定させようとしているが、レクセリアがそんなことをおとなしく聞くような少女ではないことは、いまや明らかだ。

 この会議はレクセリアとゼルファナスの対決の場になるかもれしない。

 序盤から、諸侯たちもそんな空気を感じ取っていた。

 だが、露骨に諸侯がレクセリア派とゼルファナス派に割れるかといえば、決してそんなことはない。

 実際、そんなことはレクセリア本人が望んでいなかった。

 ある意味では、かつてのような王家中心の政治をアルヴェイアに取り戻すためにはエルナス公の助力が必要なことをレクセリア以上に痛感している者はいなかっただろう。

 なにしろことあるごとに、父である国王にも他の廷臣にも、ゼルファナスと結婚するように勧められてきたのは彼女本人である。


(それだけエルナス公は王国と王家にとって重要なのだ)


 とレクセリアは現状を正確に認識している。

 そもそもが現在のエルナス公家はもとを辿れば王家の分家である。

 そのため、ゼルファナスは王位継承権をも有しているのだ。

 むろん、次代の王はシュタルティスと決まっている。

 なにしろ彼は王太子だ。

 だが、もしシュタルティスが子をなす前になにかがあれば、王位は誰が継ぐというのか。

 アルヴェイアでは女王が即位した先例が、二度ある。

 だが、女王はしかるべき男子が成長するまで、いわば次代へのつなぎ役として即位したというのが実状である。

 男系による相続が、アルヴェイアの王権の基本なのだ。

 そうした意味では、いくらグラワリア系を通して「黄金の血」をひいているとはいえ、自らの息子を王にしようとしたラシェンズ候のもくろみなどは王位簒奪といっていい。

 ウィクセリスの命があとどれだけ持つかはわからない。

 いまのところシュタルティスは健康などに問題はないが、それでも万一ということがある。

 その場合、現王妃にして第一王女ミトゥーリアが女王につくか、あるいはゼルファナスが王位につくか、判断は微妙なところだ。

 すでにレクセリアは、そうした将来のことも考えている。

 そしてもしこうした事態になれば、おそらく諸侯がゼルファナスを王に推戴するだろうことも理解している。

 だが、それでは危険なのだ。

 他の諸侯は、ゼルファナスの別の一面をほとんど知らない。

 否、王家でも彼の危険さを理解しているのは自分だけだとレクセリアは思う。

 あの冬の雪の日の子猫の顔が、ふと脳裏をよぎった。

 ゼルファナスは、決して王位に就かせてはならない。

 王国のためにも。

 諸侯が政治を壟断するような不安定な状況が続けば、いずれ王国は滅ぶ。

 だからこそ、彼女がここで一働きして、かつてのような王家中心の政治をアルヴェイアに取り戻さなければならないのだ。

 だが、そのためにはゼルファナスの助力が必要だというのが、なんとも皮肉といえば皮肉な点といえた。

 まだ、戦いは始まったばかりである。

 ゼルファナスを正面から、敵に回してはならない。

 なんとか彼の「野心」を御しつつも、王家の保護者とさせるようにし向けなければならないのだ。


「では、さきほどの議題に戻りますが……」


 カトゥレスが軽く咳払いをした。


「王家に反逆した者たちをいかに処罰するか。まず、国王代理としてシュタルティス殿下、ご意見をお聞かせ願えますか?」


 そう言われて王太子は神経質に指で机の上を叩くと言った。


「国王陛下は、寛大な処置を望んでおられる。陛下は……そもそも、林檎酒税という税を課したことが……その、過ちであったとお考えのようだ」


 シュタルティスの言葉は、歯切れの悪いものだった。

 だが、それも無理はない。

 そもそも林檎酒税は、シュタルティスの発案になる税なのだ。

 国王代理を務めているのをいいことに、病床にあるウィクセリスの採決も仰がず、勝手に新税としてしまったのである。

 だが公式には、税の公布は国王だけが行えるものだ。


「陛下は……つまり、その、林檎酒税を撤廃し、南部諸侯にあまり厳しい処罰を与えぬように、と仰せられた。この点について、諸卿はいかがお考えか」


 それを聞いて、ヴィンス公爵夫人ウフヴォルティアが言った。


「国王陛下が寛大な処置をお望みとあれば、臣下としても仰せの通りにすべきかと存じます」


 ふと彼女はレクセリアのほうを見ると、淡い微笑を浮かべた。

 途端に、頬がかっと熱くなるのを感じる。

 ウフヴォルティアは味方だ、と考えていいだろう。

 彼女は、レクセリアがわざと林檎酒税をふっかけてラシェンズ候を戦場に引きずり出し、叩いたことを理解している。


「私も同感です」


 例のネーリルの僧侶のような、陶製の白い仮面をかぶったまま、ウナス伯がくぐもった声で言った。


「正直に申し上げて……林檎酒税は、特に林檎酒を飲むものが多い南部の者からすれば、苛烈にすぎる税と申せましょう。その点、反逆者たちにも、いささか同情すべき点はある……民の恨みは、恐ろしいものですからな」


 ウナス伯は、ぶるっと体を震わせた。


「それにあまり苛烈な罰を下せば……たとえば、その……反逆者たちを死罪などに処すれば、その後はもっと恐ろしい。私は……どうにもその、なんというか人の恨みを買いたくないというか……」


 ウナス伯の科白に、何人かの貴族が失笑を漏らした。

 ウナス伯の亡霊嫌いは、有名である。

 要するに、彼らは死罪に処した者たちに「化けて出られる」のが恐いのだろう。

 ただ、魔術と超常現象が実在するこのセルナーダの地において、それは決して迷信では片づけられない問題でもあったのだが。

 少なくとも魔術師や僧侶たちは、いわゆる亡霊の存在を認めているのだ。

 とはいえ、そうした現象はごくごく希なこともまた事実である。

 人を殺して亡霊が必ず生じるのであれば、誰も殺人など犯すこともなく、また戦争なども起きなかっただろう。


「陛下があくまで寛大なご処置をお望みとあれば、私も反対はいたしません」


 ナイアス候が、ひどくこわばった顔つきでそう言った。

 四十半ばほどの、中年男である。

 痩せぎすで縮れた黒髪を持つなかなかの美男子だったが、本人は自分がひどく醜いと信じ込んでいることで有名だった。

 ナイアス候の左目の周囲には、青い痣があるのだが、この痣のせいで人々は自分を怪物のように見ているという妄想に捕らわれているのだ。

 そのために、彼は黒い髪で顔の左半分を覆うようにしていた。

 むしろこちらのほうが傍目には奇怪に見えるのだが、それでも彼にとっては痣を見られるよりは髪で隠すほうが安心するらしい。


「しかし、寛大に、寛大にとみなさん仰有るが、具体的にはどうしますかね?」


 栗色の髪を持つ、まだ若い若者がひどく気楽な様子で言った。

 双子の弟を持つネス伯ネスファーである。

 あるいは兄であるネスファーではなく、弟のネスヴィールなのかもしれないが、もしそうであったとしても諸侯の誰一人として、その違いはわからないだろう。

 この双子はあまりにも似ているので、傍目からはまったく区別がつかないのだ。

 そのネスファー……実はネスヴィールと入れ替わっている可能性もあるが……は話を続けた。


「一応は南部の者たちは、王家に反逆したわけでしょう? だとしたら、それなりに処罰しなければしめしがつかない。違いますか? このまま無罪放免なんてことにすれば、それこそ王家の権威に関わりますよ。いくら謀反を起こしてもおとがめなし、なんてことになったら私だってそのうち王家に兵をむけるかもしれない」


 けらけらとネス伯は笑ったが、かなりそれはきわどい冗談といって良かった。

 ネス伯家はアルヴェイアの北方で、グラワリアに近い。

 ネス伯家は、代々グラワリアとも良くも悪くも深い関わりがあるのである。


「ネスファー卿の言い分にも、一理ありますな」


 ナイアス候が、左目の上に落とした自らの髪を神経質にいじりながら言った。


「それなりの処罰は、やはり必要でしょう。たとえば南部諸侯が決起する前に兵を集めたオーロン子爵は、家系断絶、ということになっている。それなのに林檎酒軍と名乗っていた連中への処罰が甘すぎれば、不公平ともとられかねませんぞ」


「では……このような案はどうですか?」


 レクセリアが、一同を見渡すと言った。


「今回、王家に反旗を翻した者たちの所領を一度、王家が召し上げます。ただし、爵位までは奪いません。そしてしかるべき時がくるまで、反逆者たちは国王の代理として、領内を統治してもらいますが、領内から徴収した各種の税のうち、七割を王家に治めてもらいます」


 途端に青玉の間に集まった諸侯たちがどよめいた。

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