5 レクセリアの宣言

「このたび陛下が諸侯会議を招集された理由について、まず説明させていただきます」


 国王代理である王太子シュタルティスの右隣に座った王国宰相カトゥレスが、一座を見渡すとよく通る声でそう言った。

 カトゥレスは、あのハルメス伯ネルトゥスの伯父にあたるが、諸侯が噂しているように甥とつるんでいるわけでは決してない。

 彼はなによりも王国財務院出身の文官であり、自分がハルメス伯家の血に連なっていることをほとんど忘れているほどだ。

 性質もごく穏やかな文人である。

 だが、甥のネルトゥス同様、あるいはそれ以上に容貌魁偉なことでカトゥレスは知られていた。

 とにかく、ごついとしか言いようのない顔である。

 顔全体が四角張っており、あごもよく発達している。

 もう六十も超えた老齢だというのに、見た目は若々しく精力的で、さらにはハルメス伯家の特徴でもあるよく伸びた犬歯を有している。

 「ハルメスの鮫顔」などと呼ばれるこの遺伝的特徴は、かなり昔から伝わるものである。

 海を渡ってきたネルサティア人と盟約を結んだ古代セルナーダの一部族、ハルマー部族の長が彼らの父祖にあたるわけだが、一説によればこのころから彼らは牙のような歯を持つことで知られていたという。

 さらにカトゥレスは長身で、特に鍛錬などしていないのに生まれつきがっしりとした体格をしている。

 そうした外見のため、彼は剛腕な政治手法を使うと思われがちだが、実際のところ、非常に几帳面な性格をしている。

 細々としたところにまで目が行き届くその性格のため、財務官僚としては非常に有能だった。

 より正確に言えば、カトゥレスの財務管理能力で、アルヴェイア王国の財政はなんとか破綻せずにすんでいる、といっていい。

 無能揃いの財務院の官僚たちの上に彼がいるおかげで、王国の国庫に金が一応は流れ込んでくるのだ。

 とはいえ、彼は金をかき集めること以外には、大した政治能力はない。

 当人自体、そのことはよくわかっている。

 彼はいま病床にあるウィクセリス六世に金を集めるのが自分の役目であることを誰よりもよく認識していた。

 いままでは、他の重要な判断は、国王であるウィクセリスに任せてきたのだ。

 宰相とはいえ、実際には王国の金庫番のようなものである。

 だが、王国宰相はただ金勘定をしていればいい、という役職ではない。

 たとえば今のように諸侯会議の議事を円滑に進めるのも、宰相の職責である。

「すぐるフィーオン野の会戦で、王国軍は南部の反逆者たちをうち破りました。まずは、彼らの処分を決めなければなりません。首謀者と思われるラシェンズ候ドロウズはすでに死亡しておりますが、エルキア伯ヴァクス、またハルメス伯ネルトゥスの他、爵位を持つ貴族四人が、現在、この青玉宮の地下牢に捕らえられております。また、戦場より逃げ出した諸侯の処分も、決定しなければなりません」

 繰り返すようだが、ハルメス伯ネルトゥスはカトゥレスの甥にあたる。

 だが、彼はあくまで冷静に甥をただの他人として扱っているらしく、非常に冷静な発言だった。


「議題の前に、お伺いしたいことがございます」


 その美声が発された途端、諸侯は声の主にむかって一斉に振り返った。

 エルナス公ゼルファナスの美貌に、一同の視線が集中する。

 ゼルファナスは微笑をたたえたまま言った。


「諸侯会議に出席する者は、国王陛下の招集を受けた諸侯、あるいはその代理人、そして王家に連なる者、さらには王国宰相というのが古来より定法となっております。しかしながら、王家の『姫』が臨席するというのはいまのところ前例がありませんが」


 さっそくきたか、とレクセリアは思った。

 ゼルファナスの言う通りである。

 女王が諸侯会議を開催した先例はある。

 しかし、単なる王女がこの会議に顔を出すのは、アルヴェイア建国からこのかた今回のレクセリアが初めてなのだ。


「レクセリア……いえ、レクセリア姫は」


 シュタルティスが、こほんと咳払いをすると、どこかおどおどした口調で言った。


「その……王国軍を率いて、南部諸侯をうち破った当事者である。彼女は王国軍を率いた者として、この会議に出席しているとお考え頂きたい」


 国王代理の言葉に、ゼルファナスはあくまで柔らかな口調で言った。


「つまりレクセリア殿下は、今回の議題である南部の反乱軍をうち破った将として、会議に参加している、と考えてよろしいわけですな? あくまでもレクセリア殿下は……言うなれば、『参考人』とでも申しますか、そのようなものであると」


 ゼルファナスの質問の意図は明白だった。

 つまり彼はレクセリアに「お前はこれ以上、王国の国政に首を突っ込むつもりがあるのかどうか」と質問しているのだ。

 もし王国軍の将として諸侯会議に参加したのであれば、それ以外の議題には彼女は関われないことになる。

 だが、もしそうでなければ、彼女はアルヴェイア国政に王家の一員としてこれからも関わるつもりだ、というふうに諸侯は判断するだろう。

 なにしろいまだ十五の「小娘」である。

 彼女が南部諸侯軍を撃破しただけでも驚きだが、諸侯たちにはカトゥレスやネルトゥスが「影の軍師」を勤めていたと信じている者も多い。

 まだ未成年の王女が直接、政事にまで口を出すとなれば、貴族たちのなかには内心、面白くないと思う者もいるだろう。

 古来より女性が政治に口を出してもろくなことがなかった、というのがセルナーダの歴史である。

 セルナーダはあくまで男系社会なのだ。


「ゼルファナス卿の質問に、お答えいたします」


 レクセリアは優雅に笑みを浮かべると言った。


「皆様のご存じの通り、私は王家に連なる者ではありますが、女の身です。本来であれば、政事は殿方の仕事。私のような『小娘』が国政に関わるとなれば、あるいはご不快に思われるかたもおられましょう。しかしながら……」


 レクセリアは、わざと間を置いた。


「現在、アルヴェイアの置かれている状況は、決して良好なものとは申せませぬ。国王陛下はご不例の身であり、また畏れ多くも玉体に弓ひく者たちが現れたのも事実です。王家の一員として、女の身ではありますが、せめて難多き国政の一助となり陛下のお心を安んじるためにも、私は諸侯会議に臨席させていただきました。これからも、女の身なれど王家の一員として王国のために尽力させていただきたく存じます」


 おお、というかすかなどよめき諸侯たちの間からがあがった。

 つまりレクセリアは、単に南部諸侯連合軍を破った一軍の将としてではなく、女ではあるが王家の一員としてこれからも国政に参加するとの意志を表明したのだ。

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