4 会議の開催
もともとソラリスは、アクラ海の向こう、ネルサティアの地で崇められていた神である。
彼は太陽と生命を司る神であったが、そのネルサティアの地で、死の女神ノーヴァとともに地上に実体化して戦い……そして負けたのだという。
この衝撃的な噂は、セルナーダの人々に驚きをもって迎えられた。
(ソラリスっていえば太陽の神様だろ。本当に戦いに負けたのか?)
(あくまで噂だがな……でも、ネルサティアじゃ死の女神が勝利したせいで、人間がほとんど死に絶えたっていうぞ?)
事実、ネルサティアの地の文明は、地上に顕現した神々の戦い……降神大戦と呼ばれる……のあおりを受け、滅亡してしまった。
以来、ソラリス神の力が弱まったことは、たとえばソラリスの僧侶のふるう法力でも明らかである。
ソラリスの法力には、明かりを生み出すという、いかにも太陽の神らしい法力がある。
かつては僧侶の祈りと詠唱によって生み出された光は、ソラリスの聖なる力で眩いばかりに輝いていたものだが、最近は同じ僧侶が法力を発揮しても、その光度は蝋燭がゆらめく程度の頼りないものに落ちてしまったのだ。
さらに癒しの女神イリアミスに次いで強い力を持っていたとされる治癒法力も、極端に弱まった。
昔はちょっとした怪我などソラリスの僧侶の法力の力であっという間に治ったというのに、いまではかすり傷の出血を止めるのがせいぜいというありさまだ。
そしてこのソラリス神の力の弱まりは、アルヴェイア王国の王権にも打撃をもたらしていた。
諸侯たちはかつてに比べ、爵具による王との霊的な結びつきがほとんど実感できなくなったのだ。
アルヴェイアだけではなく、ネヴィオンやグラワリアでも似たような、「王権離れ」は起きていた。
魔術的な事象がそのまま政治にまで影響を与えているのである。
太陽神ソラリスの力が弱まったという点でも、文字通りの黄昏の時代といえた。
さらにいえば、ある予言を知る者たちの間では、不吉な噂が流れている。
(古代の予言で……ウォーザの目を持つ者が「嵐の王」となるとかいう話がなかったか? 一度、太陽は消え、その後にまた新しい太陽が現れるときにウォーザの目を持つ者が、「嵐の王」になるとか……)
(うむ、考えてみれば、ソラリス神が死の女神に破れたというのは、太陽が消えた、ということを意味しているのかもしれん。そうなると、再び新しい太陽が現れるというのは……)
(この意味はよくわからんが、我らがアルヴェイア王家には……)
(偶然……なのだろうかな、確かに「ウォーザの目」を持つものがいる……)
予言とはいっても、果たして誰の者になるかもわからないいかがわしい代物である。
だがそれでも、人々の心に影響を与えることには変わらない。
(「嵐の王」というのがな……ただの王ではなく「嵐の王」とわざわざ言うとはどういうことだ? 嵐というのは、決して平和なものとはおもえんが……)
(あるいは嵐というのは、戦乱のことかもしれん。つまり、嵐の王とはアルヴェイア王のようなものではなく、単にセルナーダに破壊と混乱をもたらす者かも……)
そんな目でウォーザの目を持つ王家の一員、すなわちレクセリアを見る者も諸侯会議の出席者のなかでは少なくなかったのだ。
今回の会議で、最も注目を集めているのがレクセリアであることは間違いなかった。
なにしろ彼女は自ら王国軍を率い、見事に南部諸侯軍を撃破している。
その見事な勝ち戦を知って、諸侯たちは驚愕したものだった。
(まさか南部諸侯が十五の小娘に破れるとはな!)
しかも南部諸侯五千に対し、レクセリア率いる王国軍は三千の寡兵だったという。
南部諸侯がかき集めた兵は、単な烏合の衆というわけではない。
少なくとも、実に一千にものぼる騎士たちをレクセリアは相手にしたのだ。
ただ物珍しい瞳を持つ、どこか奇矯だが美しいだけの王女、といういままでのレクセリアに対する評価は完全にひっくり返った。
諸侯のなかには、あの戦がレクセリアの指揮になるものではなく、あくまで王家の宣伝である、と信じ込んでいる者すらいるほどだ。
まだ若く美しい王女が一国の軍隊を率いて大軍を破るなど、それこそ物語の一節である。
実は王家に「影の軍師」がいてレクセリアを裏で操っている、という話は単なる噂というよりも、ほとんど事実として語られていた。
そう考えたほうが、遙かに「現実的」なのである。
その「影の軍師」候補の筆頭にあげられているのが、王国宰相カトゥレスだった。
カトゥレス本人は、絵に描いたような文官である。
先代のハルメス伯家の三男として生まれた彼は、爵位を継ぐ可能性の低い多くの貴族の子弟がそうするように、王都メディルナスの王立研鑽所で学んだ。
財務院の財務官として地道な出世をとげ、いまでは王国宰相にまで栄達している。
彼自身は文官そのもので軍事には疎いが、カトゥレスの甥はアルヴェイアのなかでも「ハルメスの鮫」として恐れられるあのネルトゥスなのだ。
(実はハルメス伯は、最初から王家に通じていたのではないか。なにしろネルトゥス卿の伯父上は王国宰相であるカトゥレス殿だ)
(となると、南部諸侯はカトゥレス殿とネルトゥス卿にいいようにあしらわれた、ということになりますな。実は最初から、ネルトゥス卿は王家側に通じていたとすれば……)
少なくとも十五歳の王女が軍を率いて相手を破った、というよりはよほどありそうな話だった。
(ラシェンズ候も、とんだ災難だ。林檎酒税撤廃を名目にして王家に反旗を翻したつもりが、ネルトゥス卿の入れた毒入りの林檎酒を飲む羽目になったとは)
むろん、すべては事実無根の噂である。
だが、ネルトゥスが個人的にレクセリア王女と親しい間柄にあったことを、貴族のなかでも知る者は知っていた。
そうなると、俄然、噂にも真実味が増してくる。
(となると、これから王宮ではハルメス伯家が勢力を増してくる、という可能性はありますなあ。すでに王国宰相のカトゥレス殿にくわえ、ネルトゥス卿が武官としてなにか官位でも賜れば……)
(さて、しかしエルナス公がどう動きますかな)
レクセリアと並んで、いま諸侯の目を集めているのがエルナス公ゼルファナスである。
(しかしいつ見てもお美しい御仁だ……)
(おやおや、貴公は男ウォイヤの毛がおありかな?)
(いやいや、私にもわかりますぞ。ゼルファナス公ご本人は、男ウォイヤ者ととかく噂になりますが、あの美しさはとても人とも思えぬ……)
(しかし、賊に襲われたそうですぞ? なんでも相手は、下々の生まれだそうですが、まだ事情がよくわかっていないようです)
(まさか男ウォイヤの恋のもつれということはありますまいな)
(それが賊は、娘のかたきをうとうとしていたとか私は聞きましたが)
(どうにもげせませぬな……最近の政情は胡散臭いことが多すぎる……)
そういった貴族たちの注目の的となっているゼルファナスはといえば、落ち着いたもので泰然と謎めいた微笑を浮かべていた。
そのときだった。
布令係の小姓が、美しい声でこう叫んだ。
「アルヴェイア王国国王代理、王太子にしてメディルナス公爵、シュタルティス殿下のおでましにございます」
扉が開かれ、その奥から鮮やかな、青と黄金とを基調にした外套をまとった若者が、ゆっくりと自らの席に歩み寄っていく。
侍従が国王代理の肩から外套を外すと、外套掛けへと布地をかけていく。
儀礼として貴族たちは立ち上がると、国王代理に一礼し、国王代理が席に着く再び着席した。
「諸卿もご存じの通り、国王ウィクセリス六世陛下はご不例のため、私がこのたびの会議では国王代理を務めさせていただく」
シュタルティスはいささか緊張した面もちで、宣言した。
「では、これより、諸侯会議を開催する」
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