5 王家の食卓 


 食卓といっても、五百万の国民を持つアルヴェイア王家のそれは当然、たとえば黒狼亭のような安宿に置いてあるものとは格が違った。

 長さ実に七十エフテ(約二十一メートル)、幅は十エフテ(約三メートル)ほどもある長方形をしている。

 どっしりとしたジャスロン産の高価な大理石製で、単なる食卓というよりはむしろそれ自体が芸術品のような麗々しい装飾が施されている。

 卓上には、白い清潔な亜麻布が敷かれていた。

 どのみち食事をすれば汚れることになるわけだが、当然、王家の食卓を飾る亜麻布は真っ白に漂白された、最上等のものを用いている。

 もう日が暮れているというのに室内がまばゆい光で照らされているのは、魔術師による照明魔術がかけられているためだった。

 むろん、わざわざ明かりのために魔術を用いることができるのは、自分で術者を抱えているようなごく限られた富裕層だけだ。

 いくら国庫がからに近いとはいえ、王家の者はそれ相応の、贅沢な暮らしをしなければならないのだ。

 少なくとも、レクセリアの兄、王太子シュタルティスはそう考えているようだった。


 卓上に並べられている料理も、贅をこらしたものばかりだった。

 大兎を丸ごと焼いたものに、林檎のソースをかけたものが、巨大な銀製の盆の上にのせられている。

 ショスと呼ばれる魚醤や香辛料を混ぜ合わせて熟成させたタレを塗りつけた鹿の股の焙り肉に、やはりショスにつけ込んで柔らかくした猪の肉。

 アマリス牛の頬肉と背中の肉の塩漬けに、甘酸っぱいイマムの果汁をかけたもの。

 野兎に香草を詰め合わせて蒸したものに、さまざまな香辛料で味を調えた大兎の腸詰め。

 肉料理だけで、ゆうに二十人は満腹にさせられそうな量がある。

 魚介類もまた豊富だ。

 遙か東方の大海沿い、たとえばネヴィオンあたりで採れる牡蠣を干したものや鯨の薫製肉に、エルナス近辺で産する、名前は不気味だが滋味豊かな死人貝の白葡萄酒蒸し。

 やはり蒸した鰻にヤツナウナギ、グラワリアの湖グラワール湖で採れる黒亀のスープ。

 イマム酒につけて泥臭さをぬいた鯉にナマズを煮たものもある。

 さらには色や形もさまざまな、牛乳や山羊、羊の乳からつくられた十二種類のチーズに、桃、葡萄、杏に似た干しイマム、梨、檸檬、イチジクといった果物が優美な細工の施された柳籠の山積みになっていた。

 主食であるパンも、庶民が食べるセルドラ麦を使った無発酵の黒パンではない。

 貴族のみが食する、ネルドゥ麦の粉を発酵させた、ふかふかの甘い白パンに、薄焼きのパン、蜜入りパン、干し肉入りパンなどが何枚も積み上げられている。

 さながら都市の尖塔のように卓上には陶製の葡萄酒瓶が林立している。

 赤葡萄酒の名産地ヴィンス候領の名品が多いが、なかにはネヴィオンの白葡萄酒の産地シェルディアからはるばる運ばれてきたものまである。

 葡萄酒を蒸留させた琥珀酒に、イマム酒や林檎酒、また上等な麦酒を入れたネルサティア風の白い酒壺も置かれていた。


(どうせこんなに食べきれないのに)


 不合理の極みだ、とレクセリアはいつも思う。

 残ったものは王宮に勤める者たちが頂くことになっているのですべてが無駄になるわけではないとはいえ、いくらなんでも余計なことに金を使いすぎではないのか。

 なにしろこれでも、レクセリアの主張で夕食の量と品数をいままでの三分の一に減らしているのである。


「そんな顔をしてどうした? レクセリア」


 卓の上座に座っていた若者が、ソースで汚れた手を亜麻布の手巾で拭きながら、レクセリアのほうをちらりと見た。

 ちなみに、セルナーダの地では食事の際、ナイフと匙は使うが原則的には料理はパンで挟むか、あるいは手づかみなのでどうしても手が汚れる。


「食欲がないのかな?」


 シュタルティスは優雅な仕草で、傍らにいた給仕の女官が金杯についだヴィンス産の葡萄酒に口をつけた。

 黒い柔らかな髪を持つ、いかにも繊弱そうな若者である。

 アルヴェイア王家は美形揃いで知られていたが、彼もまた見目良い若者だった。

 髪と同様、瞳の色も黒い。

 ただ、肌はまるで生まれてこのかた一度も日に当たったことがないとでもいうような、病的なものをはらんだ白さだった。

 痩せぎすで、目が大きく、どこか怯えた子鹿を思わせる。

 今年で二十三になるのだが、実際よりも若いというよりは幼く、また頼りなさげに見えた。


「お兄さまのおっしゃる通りですよ、レクセリア」


 兄にして夫の隣に座った女性、第一王女ミトゥリーアが、ふと淡い笑みを浮かべた。

 さすがに兄妹だけあって、シュタルティスとよく似た顔立ちの持ち主である。

 ただミトゥリーアは兄とは違い、黒いわずかに巻き毛がかった髪を腰に届くほどまでに伸ばしていた。

 その黒い瞳は、どこかとろんとした光が浮かんでいる。

 性格もよく言えば穏やか、悪くいえばどこか掴みところがないところがあった。


「きちんと食べるものを食べておかないと、困りますよ。あなたはまだまだ、若いのですから」


 そう言って、上品な笑い声を漏らす。

 彼女自身、まだ二十歳を迎えたばかりである。

 十六で成人とみなされるのですでに大人とはいえ、まだ若い。


「そうだよ、お姉様!」


 レクセリアと卓を挟んで向かいに腰掛けていた少女が、甲高い声をあげた。


「私たちには、王女として将来、立派な子供を産む義務があるんだから! 誰に嫁ぐかはわからないけど、女は子供を産んでこそ一人前なんだからね!」


 炭のように黒い、ほとんど青みがかってすらみえる濃い色合いの髪の持ち主である。

 瞳の色は、青の月の如き見事な青だった。

 青の月の女神ネシェリカにあやかって、ネシェリアと名づけられた第三王女である。

 まだ十三であり、体つきなども少女というよりは男の子のようだ。

 またひどく活発で、しょっちゅうおちつかなげに王宮をうろうろしている。

 その名の由来である、夜空を素早く駆けめぐる青の月のように。

 いまもネシェリアはナイフで切り分けた大兎の肉を、もの凄い勢いで咀嚼していた。

 驚くべき早食いである。

 ある意味ではレクセリアよりもよほど元気で男勝りの気性の持ち主だった。

 ほとんど躁的な性格といってもいい。

 とにかくやかましいのだ。

 だが、ネシェリアは自分が将来、どこかの諸侯のもとに嫁に行き、子供を産むことについてなんの疑問も抱いていない。

 否、王家の娘に生まれついたからには、ネシェリアのほうがむしろ普通なのである。


(王家のなかで、おかしいのは私のほうか……)


 レクセリアはナイフを使って、鹿のもも肉を薄く切り取り、上等な白パンに載せて口に入れた。

 そのときだった。

 レクセリアの隣に座っていた少女が、いきなりぐすぐずと声をあげ始めた。


「う……えうっ……うっ……」


 レクセリアは妹である第四王女、ファルマイアの顔を見やった。


「ファルマイア、どうしたのですか?」

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