16 一騎打ち

「貴様……」


 馬上で、騎士が叫んだ。


「その目は……なるほど、畏れ多くもレクセリア殿下と同じ『ウォーザの目』の持ち主がいるとは聞いていたが、貴様、雷鳴団とかいう傭兵団の団長だったな?」


「へっ」


 リューンが楽しげに口の端をつり上げた。


「俺も案外、有名になったもんだな。その通り、俺は雷鳴団の団長、名はリューンヴァイスっていうんだ、覚えとけ! ま、普通はただリューンて呼ばれているがな」


「リューンヴァイス」


 騎士が、鞘から長剣を抜きはなった。


「なるほど……その名は確かに聞いたことがある。なかなか傭兵としては優れているようだが……所詮は下郎! この私にかなうと思うか? 我が名はハルメス伯ネルトゥス!」


 わざとらしくリューンは口笛を吹いた。


「へえっ……なるほど、やっぱりあんたが伯爵様か! しかし最近の貴族ってのは落ちたもんだな! 貴族は王家に仕えるのが本分だろうに、こうしておお姫様を捕まえようとするなんて、ろくでもない奴もいたもんだ!」


 自分自身、王家の軍勢と戦って王国軍の兵士を何人も殺しているのだが、むろんいまのリューンにはそんな理屈は通用しない。


「一度だけ、警告する。逃げるならいまのうちだぞ、リューンとか申した下郎!」


「逃げる? この俺が?」


 リューンは、大剣の切っ先を馬上の騎士に向けた。

 いつしか奇妙なことに、王国軍の兵も、またネルトゥス配下の騎士たちも、互いに剣を交えることも忘れてこの二人の姿に見入っていた。

 二人の放つ迫力は、たとえ一時的なものとはいえ、兵たちから戦を忘れさせるほど凄まじいものだったのだ。

 大剣を両手で構えたリューンからは、圧倒的な殺気が放たれている。

 対する馬上のネルトゥスも、悽愴な鬼気を全身にみなぎらせていた。


「くらえ……下郎!」


 先に動いたのはネルトゥスだった。

 馬の腹を蹴って、一気に馬体をリューンに突進させたのである。

 普通、馬上にいる者のほうが戦闘では有利とされる。

 特にいまのネルトゥスのように、突撃をかけた場合、リューンとしてはとにかくよけるしかない。

 だが、リューンは微動だにせず、その場に立ちふさがっていた。

 大剣を高く掲げたまま、まるで青銅像のようにその場に立ちつくしているのだ。 


「兄者、なにやっている!」


「旦那、よけないとそのまま馬に踏みつけられるぞ!」


「ひひ……やばいよ団長! ひひ!」


 弟のカグラーンや部下たちの声が聞こえてくるが、それでもリューンは動かない。馬体はあっという間に彼のもとに接近してくる。


「まずい!」


 カグラーンが悲鳴じみた声をあげたその瞬間だった。

 リューンの体がついに動いた。

 振りかぶった大剣の剣先を左下方に落としたかと思うと、滑るように体を右へと走らせる。

 突進してきたネルトゥスの馬の馬体とほとんど触れそうなほど、ぎりぎりの場所で相手をよけたまま、リューンは大剣の刀身を左から右へ、上方へとむかって円弧を描くようにして奔らせた。


「!」


 その刃がネルトゥスの馬の首筋に触れたかと思うと、勢いよく力強い筋肉のなかへと潜り込んでいく。

 がつん、という凄まじい衝撃とともに、リューンの大剣はなんと、馬の頭を胴体から切り離していた。


「な!」


 もちろんリューンの膂力が並はずれているせいもあるが、馬は自分からこちらに突進してきている。

 その勢いをも利用して、馬の首をリューンは見事に切断したのだった。

 もし、一瞬でも動きが遅れていれば、逆にリューンのほうが馬蹄によって踏みつけられていただろう。

 また、綺麗に首を切断することができず、たとえば馬の首の半ばで刀身がとまるようなことになったら、倒れてきた馬体の下敷きになっていはずだ。

 馬とは非常に大きく、そして重い獣なのである。

 天性の反射神経と筋力、そして運の三つがなければこうも鮮やかな芸当は出来なかったはずだ。


「がはっ!」


 切断された馬の首が空中を回転する。

 凄まじい勢いで、首から天にむかって血が噴き出していた。

 頭を切られても、馬がそのまましばらくの間、ゆるやかに走り続けているさまはまるでなにかの冗談のようだ。

 馬の首を切った大剣は、そのまま馬上のネルトゥスの胸のあたりを激しく叩いていた。

 衝撃のあまり、銀色の金属で身を包んだ騎士の体が、大地へと落下する。

 だが、馬の首を断ち切ることでほとんど大剣の打撃力は奪われていたうえに金属の鎧をまとっていたため、ネルトゥスの胸は切り裂かれずにすんだ。


「ぬうっ……ぐっ……」


 地面の上にぶざまに落ちたネルトゥスの首筋に大剣の刃をおしあてると、リューンは笑った。


「残念だったな……伯爵様! この戦い、悪いが俺の勝ちだ!」


 しん、とあたりが静まりかえったそのときだった。

 どっと歓声のようなものが森の木々の向こうから聞こえてきた。

 レクセリアの傍らに控えていた軽装の男が、大声をあげる。


「ただいま、魔術伝令により知らせが入りました! 敵軍の将、ラシェンズ候ドロウズを我が軍の者が討ち取ったそうでございます! それによって敵の騎士たちは敗走を始めたとのこと! また、敵傭兵隊もすでに総崩れになっているとのことです!」


 しばし間をおいて、レクセリアのいた本営の兵士たちがわあっと声をあげた。


「勝った!」


「勝ったぞ!」


「勝ち戦だ!」


「アルヴァールッ!」


「アルヴェイア万歳!」


 レクセリアが微笑すると言った。


「皆の者、なにをしているのです。また戦が終わったわけではありませんよ? ハルメス伯麾下の騎士たちがすぐそばにいるではありませんか!」


 途端に、なにかの術からとけたかのように、本営にいた王国軍の兵士たちはネルトゥスの部下の鮫騎士団の騎士にむかって襲いかかっていった。


「ひけっ!」


「ひけーーーーっ!」


 算を乱して、騎士たちが潰走を始める。


「なんということだ……」


 兜のなかで、ハルメス伯がつぶやく声が聞こえてきた。


「どうした? リューンとやら? 私を殺すのならば、さっさとやれ!」


「へっ、さすがに伯爵様。ハルメスの鮫とか呼ばれていただけあって度胸は据わってるみたいじゃねえか。いいだろう。お望み通りに……」


 その瞬間、鋭い制止の声が聞こえてきた。


「なりません! ハルメス伯は、武人としてよく戦いました。私は無益な殺生は好みません」


 それは、レクセリアの声だった。

 まるで人形のような美しい面を、リューンは正面から見据えた。


(しっかし……綺麗なお姫様だな。まだ十五の小娘とは思えないくらい、はらもすわってやがる。それに……)


 彼女は自分と同じ、ウォーザの目の持ち主なのだ。


「リューンヴァイスでしたか? 大義でしたね。後でそなたには褒美をとらせることにいたしましょう。そなたのおかげで、救われました」


 レクセリアはひどく大人びた声でそう言った。

 かくてウォーザの目を持つ無頼の傭兵と、同じくウォーザの目を持つ一国の王女とは出会うこととなった。


 この二人の邂逅によって、後のアルヴェイアの歴史が大きく変わることになろうとは、その場に居合わせた者たちはむろんのこと、当人たちも知る由はなかった。

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