15 邂逅

(騎士がきたってことは、つまりはラシェンズの殿様のほうの騎士ってことだから味方だな)


 興奮した頭で、リューンはそう考えていた。

 敵である王国軍に襲いかかってきたのだから、当然、味方のはずだ。

 だとすれば、負け戦だとばかり思っていたこの戦、まだ先はわからない。


(まったくこれだから、戦ってのは面白いんだ!)


 とはいえ、何度も激しい戦争に参加してきたリューンにとっても、こんな幸運に恵まれたのは初めてのことだった。

 戦に負けたと思って敗走していたのに、まさかたまたま敵の大将のそばに近づいていたとは。

 おまけにそこに味方の騎士が突撃してきたのだ。

 敵本陣の兵たちが慌てていることから察して、騎士もそれなりの数がいるのだろう。

 この混乱に乗じれば、武勲をたてることも不可能ではないはずだ。


(生意気な王女様とやらを、俺が捕まえてやろうじゃないか!)


 いずれはリューン自身、王になる身である。

 少なくとも本人はそう確信している。

 未来の王なのだから、いまの王女を捕まえても別に無礼にはあたるまい。リューンは本気でそう考えていた。

 敵大将の天幕の周囲を警護していた兵たちが、みな騎士たちの突進してきた方向へと移動を始めている。

 リューンは、その警備の薄くなったところを、素早く駆けて天幕へと近づいていった。

 実際、もしこのときリューンがレクセリアのもとに躍り込んでいれば、彼女を捕縛することも不可能ではなかったかもしれない。

 だが、彼は遠くからレクセリアを見た瞬間、硬直して動けなくなった。

 自分の目が、信じられなかったのだ。

 彼にとって、運命の瞬間が訪れたといってもいいだろう。


(なんてこった……)


 リューンは、呆然と胸のうちでつぶやいた。

 別に彼はレクセリアの王女としての気品にうたれたわけでも、女だてらに一軍を率いている覇気に圧倒されたわけでもない。

 また、美しさに心動かされたというのとも違う。

 彼はただ、レクセリアの瞳の色に驚かされたのだ。

 青い右目と、銀色の左目。

 それは、リューンの瞳とまったく同じ、いわゆる「ウォーザの目」だった。


(こんな……まさか、俺以外にも、こんな目の持ち主がいるなんて……)


 これは果たして偶然といえるのだろうか。

 ウォーザの目の持ち主だと、百万に一人、いるかいないかといったところだろう。

 実際、いまだかつてリューンは自分の目と同じような目を持つ相手に出逢ったことはないし、またそんな噂を聞いたこともない。

 まさかアルヴェイアの王女が……それも、敵軍の将としてリューンたちをあれほどまでに苦しめた少女が、自分と同じウォーザの目を持っているとは。


(ウォーザの神様……あんた、俺になにをしろっていうんだ)


 ほとんど畏敬の念にとらわれながら、リューンはそう思った。

 単なる偶然で片づけるには、あまりにも運命的な出会いである。

 そう、リューンが感じたのはまごうかたなき「運命」の存在だった。

 あるいはこれは、神意ではないのか。

 彼女もあの瞳を持つことで、なにか尋常ならざる定めを背負っているはずだ。

 同じウォーザの目を持つ者同士、王女が敵とは思えない。

 であなるならば、どうすべきか。


(このままじゃあのお姫様は捕まるかもしれない。だが……)

 リューンは、自分がなすべきことを悟った。

 いままでも気まぐれで、戦の途中、敵方についたことがある。

 傭兵としては決して褒められた行為ではないが、裏切りというのも傭兵にはつきものの行為だ。


(いや……俺は別に、裏切るってわけじゃない。最初から、味方する側を間違えていただけだ……だから、これは絶対に、裏切りなんかじゃない)


 自分勝手な論理ではあるが、リューンのなかではこれは正しいことなのだ。


「兄者!」


 背後から駆けつけてきたカグラーンが叫んだ。


「見ろ! あそこにいるのは、おそらくレクセリア殿下だぞ! 殿下を捕らえれば、大変な報奨金がきっとラシェンズの殿様からもらえるぞ!」


「馬鹿いえ!」


 リューンはにやりと笑うと言った。


「お前の目は節穴か? あの殿下は、俺と同じウォーザの目の持ち主だ! だったら、敵であるわけがねえ! どうせこの戦、ラシェンズの殿様が負ける! だったら、ここでお姫様を助けておけば、俺たちはアルヴェイア王家の王女を守ったってことになるぜ!」


「なっ」


 カグラーンがぽかんと口を開けた。


「ば、馬鹿いうな! そりゃ裏切りじゃねえか! 傭兵にとって裏切りなんてのは御法度だぞ! 傭兵稼業ってのは信用があって、初めて……」


「やかましい!」


 リューンは大笑すると叫んだ。


「野郎ども! これから俺たち雷鳴団は、お姫様を助けにいくぞ! だいたい……」


 自分の右腕に巻かれていた赤い亜麻布を、リューンは引き裂いて大地に投げ捨てた。


「こんな赤い布を巻くこと自体、気にくわなかったんだ! これでも俺はアルヴェイア人なんだからな! うおおおおおお!」


 絶叫しながら、リューンは銀色の板金鎧や鎖帷子をまとった騎士たちが集まっているあたりにむかって走り始めた。


「この勝負、俺がもらった! 俺たち雷鳴団は、いまから王女様の味方だ!」


 高揚した気分で、森の中を疾駆していく。ぐんぐんと、騎士たちの姿が近づいてきた。

 彼らは、みな鮫の頭を象った兜をかぶっている。


(ちっ……連中、楽な相手じゃねえな! ありゃあ、ハルメスの鮫どもじゃねえか!)


 ハルメス伯の配下であるハルメス鮫騎士団のことは、リューンも知っていた。

 グラワリアとの戦で幾つもの武勲をあげている精兵揃いである。

 そのなかで一段と派手な装飾を施している騎士にむかって、リューンは突進していった。


「おい、そこのあんた! あんた、ハルメス伯だろう! あんたも騎士だっていうんならお姫様の尻なんておっかけまわしていないで、この俺と戦え!」


 それを聞いて、馬上の騎士が驚いたようにこちらを向いた。


「なんだ、貴様……傭兵か? 王国軍は傭兵は雇っていないはず……となれば、貴様は林檎酒軍の兵卒であろう! さては、裏切ったか!」


「はっ」


 リューンは笑った。


「裏切ったってのは人聞きが悪いな! 俺はただ、最初にどっちの味方につくか間違えただけだ! か弱い女の子を捕まえようとしている悪党を放っておくわけにもいかないしなあ!」


「なに?」


 騎士が叫び声をあげた。


「この無礼者! こちらにおわすおかたは、アルヴェイア王国第二王女、レクセリア殿下であられるぞ!」


「そんなことは知っているよ」


 リューンは血にまみれた大剣を、騎士にむかって構えた。


「だったら、もっとあんたのほうがとんでもない悪党じゃねえか! この人はアルヴェイアのお姫様なんだろう? 王女様に悪さをするような手合いは、この俺様が退治してやろうじゃねえか!」


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