第417話 けじめは自分でつけること

 陳宮は死んだ。


 悲しみを乗り越え、曹操はさっと酒の冷めたように次の人物に目を向けた。


「次は呂布だ。・・・貴公は何か弁があるか?」


 陳宮の時とは違い、呂布には甘さが無かった。


『倒すべき宿敵』


 もう一つ抱いている感情は私情であり、それを表に出すわけにはいかない。

 曹操は言葉少なく、彼の命を終わらせんとした。


 が、


 この後、呂布が発した言葉により、その感情に波が起きることとなる。


「丞相!曹丞相!この呂布!貴殿に捕らえられ、この命は燃え尽きんとしている蝋燭の火も同然!!」


「だが、まだ燃え尽きてはおらぬ!!」


「どうだ!この上は、この呂布助け、騎将として天下の事に用いれば、四方を制す力になろうぞ!!」


「『無用に殺すのは惜しい!』。貴殿はそう思わんか!!」


 突然と呂布は大声で喚きだした。


 命乞いである。


 この命乞いを、見っとも無いと思うか、そう思わないかは読者の皆様の判断に委ねさせて頂く。


 この呂布の言葉に曹操は、それについて特に思うことなく、別の想いを抱いていた。


(やはり呂布を生かすべきか?)


 呂布は天下無双の豪傑である。

 用いることが出来れば、間違いなく天下に一歩近づく。

 自身の野望に、自身の思い描く蒼天を作り上げることが出来る。


 曹操の心は揺らいだ。


 あごに手を当て、しばしの熟考に入った。


 そしてこの時、


 曹操と同じように、心の内で、一人、熟考している男がいた。


(・・・これまでか。呂布が悪いのではない。導けなかった私が悪いのだ。けじめは自分でつけるとしよう。・・・しかし、残念でならない。)


 決意を固めた男は一つの深呼吸をした後、曹操が自分に問いかけるのを待つことにした。

 彼が必ず自分に問いかけると確信していたからだ。

 そして男の思っていた通り、曹操は男に問いかけた。


殿・・・貴公はどう思うかね?」


「それは曹操様のお気持ち次第。しかし、その昔、呂布は義父の丁原ていげんを殺し、董卓についた後、さらにその董卓を裏切って洛陽に大乱を起こしたことを努々ゆめゆめ忘れてはなりませぬな。」


 一間も置かず、一つの迷いも見せず、一つの躊躇ためらいを持たずに劉備はさらりと言ってのけた。


『呂布を生かしておくべきではない』


 と、ほぼ直接的に言ってのけたのだ。


「りゅ、劉備!貴様!どういうつもりか!!」


 小耳に挟んだ呂布が劉備に向かい吠える。

 しかし、劉備は眉一つ動かさず冷静で、静かにコクリとお辞儀で彼に返事をした。



 呂布に優しかった劉備が、何故ここまで彼に対して冷めてしまっているのか?


 それは彼にとって、呂布が『失敗作』になってしまったからに他ならない。


 劉備が呂布に優しかった理由。


 それは・・・劉備にとって呂布が・・・



 “同族”



 であったからである。

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