第363話 感謝の心を忘れない

「殿のお怒りは尤もでございます。しかし、ここは我慢の時かと思われます。」


「その昔、漢の高祖(=劉邦)が項羽こううを征服した例を見るに、項羽は強さにかけては高祖よりも遥かに上でした。にもかかわらず、項羽が敗れたのは、勇を重んじ、智を軽んじたせいにございます。」


「それと、高祖の忍耐の強さが、最後に勝利をもたらしたのでございます。」


 郭嘉の話している内容は、童子でも知っている劉邦の忍耐話であった。


『子供でも知っている教訓。』


 しかし、それが逆に知者である曹操の心を捉えていた。


『難解な表現よりも簡単な表現を愛すべし。』


 古来より伝わる劉邦の忍耐話が、曹操に冷静さを取り戻させていた。


 その後も、郭嘉は曹操に対し、世辞を持って励まし続けた。


「不躾ながら、殿と袁紹を比べますに、殿の方があらゆる面で優れております。」


「慌てず、動じず、時を待つ。」


「さすれば、優れた殿が勝つのは明白と言っても過言ではないでしょう。」


 少々行き過ぎた郭嘉の世辞であったが、自身を励ましてくれているという彼の心に、曹操は深い感謝の念を抱いた。


「・・・郭嘉、感謝する。」


 ただ一言の礼。

 しかし、それだけで郭嘉は大満足であった。

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