第356話 虚誘掩殺の計

 戦いとは、詰まるところ『読みあい』である。


 相手の動きを予測し、事前に手を打つ。


 『気付かれたら負け。』


 それが勝負の世界である。



 偽撃転殺の計を賈詡に読まれた曹操は敗北への道を進んでいた。


 自身は勝利を確信しているが、その実、敗北への道を歩んでいる。


 曹操ほどの智者も、自分の智に溺れてしまうとみえる。

 彼は、その夜、ひそかに大軍を東の門へと送り込んだ。

 鹿垣ししがき、坂茂木の柵を越えて城門へと迫りゆく。


(・・・笑止。私の計に気付かずに西門へ力を注ぐとは・・・やはり、先の奴らの勝利は偶然であったか。)


 曹操は快笑し、鬨の声を上げた。


「今だ!一挙に城門を打ち破るぞ!!」


 王の命に兵たちが突き進む。

 防備の薄い東の門はたちまち破れ、曹操軍は城門の内部へと侵攻した。

 瞬間、曹操は異常に気付いた。


(――――静か過ぎる。)


 内部は暗々黒々としており、篝火一つ見えない。


「これはどうしたことだ?」


 駒を止めて辺りを見廻していると、突然、


 どぐわぁぁん!


 と、銅鑼の音と喊声が上がった。


「しまった!」


 曹操は絶叫した。


虚誘掩殺きょゆうえんさの計だ!――――退却っ!退却ーーーーっ!!」


 しかし、もう遅かった。

 彼らを取り囲んでいた四方の闇が、雄叫びを上げて圧縮してくる。


「曹操を生捕れ!ひっ捕らえろ!逮捕だ!逮捕!!」


「取っ捕まえて、縛り上げて、逆さ吊りだ!残虐プレイ!残虐プレイ!!」


「殴って、ボコッて、全身崩壊!軟体動物、万々歳!!」


 迫りくる闇に、曹操はすかさず鞭打って逃げ走ったが、その夜、巽の門で討たれた部下の数は数千にも数万にも及んだ。

 さらに、東の部隊が敗れた影響により、西門にいた曹操軍の部隊も散々に破られてしまった。


 曹操軍は全線にわたって破綻した。


 逃げ惑う曹操軍は張繍軍の追撃を受け、数里先まで追いやられることとなった。


 夜が明けた頃、城下二十里の外に退いて、損害を調べると、味方の死者が五万余人を越えていることがわかった。


「またしても敗れたか・・・。」


 戦に勝つことの出来ぬ自分の不甲斐なさに、曹操は唇を噛みしめ、その悔しさを露わにするのであった。

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