第342話 気持ちを切り替えること

 近頃、曹操は覇気無く、ぼんやりとしていることが多かった。

 張繍ちょうしゅうとの戦に大敗し、息子と甥と忠臣を失った彼の心の傷は深かった。


『体の傷はすぐに癒えても、心の傷はそうはいかない。』


 春から秋にかけて心を癒すことに重きを置いた曹操であったが、今なお、春の夜の胡弓の音色が忘れられないのか、この秋の彼の姿はいつになく淋しい。


「――――丞相じょうしょうは大丈夫であろうか?」


 そんな彼の姿を家臣たちはうれいていたが、


「否、否。――――何も心配することはござらん。」


 と、付き合いの長い側近の者たちは、歯牙にもかけていなかった。



 そんな折、呉の孫策から曹操の元へ使者が参った。


「――――論ずるに値しない。すぐに兵を繰り出すとしよう。」


 曹操は一議に及ばず、承知のむねを孫策に伝え、即日、三十万もの大兵を動員した。


『一面は痴児の如く、一面は勇夫の如く。』


 めそめそと悲しむ癖があるかと思えば、たちまち瞳を燃え上がらせ、果断邁進する一面も持っている。


((やはり殿は只者ではない!!))


 手のひらをクルクルと返す家臣たちを背に、曹操は気持ちを切り替え、新たな戦場へと向かうのであった。

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