第341話 正面には立たない

 夜になったそうでござんす。


 許都からの使いが帰ったその夜、呉の長史『張昭ちょうしょう』は孫策に目通りして言った。


「―――殿、袁術を倒すことを承諾なさったとお聞きしましたが・・・。」


 張昭が尋ねると、


「うむ、奴に玉璽を預けた責任が俺にはあるからな。」


 と、孫策は目を細めながら答えた。


 袁術のお蔭で出世したのは間違いない。

 そして、その対価は十分に払っている。


『後悔と言うには値しない。』


 それでも少しばかり気が重くなるのは、彼が王である前に一人の青年である証拠でもあった。


「張昭・・・お前は袁術と戦をするのは反対か?」


 今度は逆に孫策が尋ねる。


「正直に申しますと・・・私は反対です。」


「淮南は芳醇な地であり、袁術は腐っても袁一族の者。名望と古い家柄のあるサラブレッドです。先頃、呂布と一戦して敗れたとはいえ、軽々しく見てはなりませぬ。」


「それにひきかえ、我が呉は出来たてホヤホヤの半熟の国。意気は盛んでも、財力、軍の結束などに不安が残ります。」


 彼の弁舌を聞いて、孫策は、「自分の考えは早計であったか。」と、わずかに不安に駆られた。


「・・・それでは止めろというのか?」


「いえ、一旦朝廷の命を受け、その後になって『やっぱり止~~めた!!』何て言ってしまえば、異心ありとみなされます。」


「むむ・・・では、どうする?」


かず、この際は・・・袁術と戦う他ありませぬ。ただし、先頭に立って戦うことはお止めなされ。」


「先頭に立つなだと?」


「左様です。―――まず、殿から曹操に使いを出し、『こちらは袁術の側面を突くから、曹操殿は正面を攻めてくれ』と頼むのでございます。こちらはあくまでも援軍の形をとり、主な戦は曹操の軍に任せるのです。」


「なるほど。」


「一にも二にも曹操を助けると唱えておけば、後日、ご当家に危急があった時、曹操に援軍を頼むことも出来ましょう。」


 財宝にも勝る張昭の金言に、孫策は数度頷き、


「うむ。貴公の言葉は近頃の名言だ。その通りに計らおう。」


 と、彼の意見を採用し、日を置かずして、許都の相府に使者を派遣したのであった。

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