第338話 裏切らない人間はいない

 祝賀会にて。

 関羽は呂布に一言二言の祝言を述べると、会が終わるのを待たずに手勢を連れて徐州から立ち去った。

 義弟の張飛同様、関羽も呂布のことを快く思っていなかったからである。


『最低限以下の社交辞令で十分』


 主君である劉備と呂布の仲をクモの糸以上に太くしまいと、関羽は呂布に無礼な態度を示したのであった。



「――――陳大夫、ご苦労であった。手柄は後で存分にとらせる故、今日は存分に楽しむが良い。」


 関羽の件を少々引きずりながらも、呂布は計を成し遂げた陳珪を褒め称えた。


「・・・時に、韓暹と楊奉の二人はどのようにもてなしたらよいかな?」


 たった一度の成功で、陳珪は呂布の心を懐柔した。

 呂布は彼を信用し、腹心の陳宮に尋ねるのと同じように、彼に悩みのタネを相談していた。


「慣れない鳥を鳥小屋に入れますと、他の鳥たちが騒ぎ出すことがございます。二人は此処へは置かず、山東へやって、山東の地盤を固めさせるのがよいでしょう。」


 この答えに、彼の目の前にいる男は納得し、彼の後ろに控えていた男は怪訝な顔を浮かべた。


「うむ、確かに貴公の言う通り。その通りにしよう。」


 納得したのは呂布。そして、


(・・・父上は一体何を考えているのだ?)


 不審を抱いたのは、彼の息子である陳登ちんとうであった。


「・・・では、将軍。我々はこれで失礼いたします。おやすみなさ~~い!」


「おやすみ~~!!」


 別れの挨拶をして城を後にする陳親子。

 そして、陳家へ帰宅する道中にて、陳登は父に尋ねた。


「・・・父上、私は納得できません。何故、韓暹と楊奉の二人を此処に留め置かなかったのですか? いざという時、我々の力にすべきではございませんか? それに・・・」


 陳登の問いを皆まで聞かず、陳珪は彼の言葉を打ち消して、そっとささやいた。


「その手は上手くいくまい。」


「あの二人は性根がいやしい。わしら親子よりも呂布の機嫌を取り、奴の忠犬となって媚びへつらうに決まっておる。」


「そうなってはまずい。韓暹と楊奉のような輩を呂布のそばに置いておけば、いずれ・・・」


「呂布を殺す時の邪魔者になる。」



 人はプラスを求めて何かを裏切る。


 親を裏切り、友を裏切り、期待を裏切り、予想を裏切る。


 裏切らない人間はいない。


 聖人であろうが、名君であろうが、誰であろうが人は裏切る。


 マイナスを切り捨て、プラスを手に入れようとするのは人としての本能なのだろう。


 陳珪は呂布という『マイナス』を捨て、劉備という『プラス』を手に入れようとしていたのであった。


 背徳心は誰の心にもあるモノである。


第十四章 完

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