第318話 暇は苦痛である

「あ~・・・何か事件起きないかな?」


 冒頭初っ端より不謹慎な言葉を呟いた人物は典韋である。


 典韋は今、曹操のいる屋敷の門にて、主君を守るために狛犬のように立っていた。

 その場から離れることなく、陽々と降り注ぐ心地よい光を浴びながら、ただひたすらに立っているだけの仕事を彼は早朝より続けている。


 一時間なら分かる。

 二時間でも分かる。

 半日でもまだ分かる。

 しかし、それが一日中となると耐えられない。


「・・・ああ、眠たい。」


 あまりにも暇な仕事内容に、典韋が欠伸を噛み殺しながら宙に舞う白い蝶を眺めていると、一人の兵士が彼の元にやって来た。


「あなたが典韋様ですか?」


「そうだが・・・俺に何か用か?」


「はい。張繍様からのお使いです。この手紙を典韋様に渡してくれとの下知を受けております。」


 そう言って兵士は、典韋に張繍からの手紙を渡した。

 典韋が怪しみながらも、暇つぶしとばかりにその手紙を開いてみると、


「これは・・・招待状か。」


 手紙の内容は『貴殿の日頃の苦労を慰めたい』という酒宴への招待状であった。


(・・・そういえば、久しく酒を飲んでおらんな。)


 遠征に来て以降、酒を断っていた彼の心は高揚した。


「これは大変にありがたいことだ。明日は非番なので、喜んで参らせてもらう。張繍殿によろしくお伝えしてくれ。」


 と、彼は喜んで使いの兵を返したのであった。



 次の日。

 まだ日の暮れぬ内より、典韋は張繍のいる城中へ参り、腹がチャポンチャポンになるまで酒を飲み続けた。


「こんなに楽しい宴席に招待して頂き、感謝至極にございます。」


 典韋が張繍に礼を述べると、


「いえいえ、感謝至極なのはこちらの方です。あなたのような豪傑と共に酒を組み合わせるなど、贅沢の極みというモノです。」


 と、世辞にて返す。

 もちろん、こんな世辞など本心からの言葉ではなく、彼に気分よく酒を飲んでもらうための口述である。

 その後、張繍は典韋にさらに酒を勧め、彼の顔が映画『酔拳2』のラストバトルのジャッ〇ー・チェンの顔よりも赤くなるまで酒を飲ませた。


「うい~~~・・・いかに酒好きでも、もうこれ以上は飲めん。」


 宴が終わった時、典韋は足元がおぼつかないほどにフラフラしており、まっすぐ家に帰るのも困難なほどに泥酔していた。

 そんな彼に一人の男が近づく。


「典韋殿。拙者が家まで送ります。」


 近づいてきた男は胡車児であった。


「おお、お手数をかけて申し訳ございませんな。」


「いえいえ、お気になさることはございません。・・・では。」


 そう言って胡車児は典韋の腕を肩にかけ、彼の体を支えながら、典韋の住む部屋まで彼を送り届けた。


「交代の時刻まで、ごゆるりとお休みくだされ。」


「何から何までありがとうでござる。」


 典韋は胡車児に礼を述べるとすぐに牀で横になり、グーグーと大きないびきをかいて眠り始めた。


「・・・・・・典韋殿。左様なら。」


 彼が寝静まったのを確認すると、胡車児は音を殺して、彼の戟を獲り上げて行ったのであった。

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