第299話 恩は売りつけない

「ノーカン!ノーカン!ノーカン!」


 紀霊は喚き散らしていた。

 呂布が百二十歩の距離の小さな的に矢を当てたという事実が信じられずにいたからだ。


「矢を放つ合図を私は出していない!それに戟に当てる部分を具体的に決めていなかった!刃?そんなのはノーカウントだ!つまり、この勝負は未確定!ノーカウント!ノーカウント!ノーカウントなんだぁぁぁぁっ!!!」


「・・・・・・」


「ノーカン!ノーカン!ノーカン!ノーカン!ノーカン!ノーカン!ノーカン!ノーカン!ノーカン!ノーカン!ノーカン!ノーカン!ハイッ!ノーカン!ノーカン!ノーカン!ノーカ」


「やかましい。」


「はい・・・。」


 呂布は喚く紀霊を一言で黙らせ、弓を投げると、皆と共に庭の閣の席に戻った。


「・・・では、双方とも天の声の通り『和睦』をするのだ。文句はないな?」


「私は一向に構わんッッ。」


「劉備殿は良し。紀霊殿は・・・」


「・・・私も構わん。と言いたいところだが、一つ願いがある。」


「何かね?」


「このまま淮南に戻ると打ち首確定、自身の血で作った血だまり池に顔を埋めることになる。・・・袁術様へ一筆願いたい。」


「なるほど・・・あいわかった。貴公の罪にならぬよう一筆したためるとしよう。それで貴公の面目も立つであろう。」


「・・・すまぬ。」


「ははははは!気にすることはない!これは『天の声』であるのだからな!!はははは!!!」


「・・・・・・グスッ!」


 紀霊はガックリと項垂れ、半泣き状態で和睦の書類にサインをすると、酒を一杯飲みほし、陣を後にしたのであった。


「どうだね、劉備君?もしこの呂布が貴公を救わなかったら、いかに貴公の左右に良い両弟を控えていたとしても、滅亡は避けられなかっただろうな。」


「・・・将軍の申す通りです。」


「うんうん・・・で?」


「ぐっ・・・和睦の件、誠ありがとうございました。このご恩は忘れるまで忘れません。」


 売りつけられた恩だとは知りながら、劉備は頭を下げて呂布に礼を述べた。


「良い良い!気にすることはありませんぞ!!我らは『仲間』ですからな!!はははは!!!」


 呂布は声高々に笑い、自身の考えた一案の成功に酔いしれるのであった。

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