第230話 想定外のことはいくらでも起こり得る

 月が高く昇り、辺りがすっかり暗闇に包まれたその頃、城内をコソコソと動く怪しげな一団がいた。

 彼らは城の裏門へと向かい、見張りの様子を窺った。

 見ると、見張りたちはグースカと眠りこけている。

 どうやら夜の食事に混ぜた薬が効いているらしく、彼らはイビキをかいて大眠りをしていた。


「・・・帝、どうやら大丈夫みたいです。今、御車を準備致しますので、少々お待ち下され。」


「・・・うむ。」


 一団の正体は献帝一派であった。

 彼らは李傕の監視の目を盗み、計画通りに城の裏門より城から脱しようとしていた。

 事前に用意していた御車を準備し、その他、従者たちが乗る馬車も並べて、裏門を通り抜けようとしたその時、彼らにとって想定外の事態が起きた。

 何故か知らないが、どうしてか分からないが、いざ城を脱出しようとするこのタイミングに合わせるかのように、李傕が兵を連れて裏門の見回りに来たのだ。


 目と目が逢う、瞬間李傕だと気付いた~♪

 「あなたは今、どんな気持ちでい~る~の?」♪

 戻れない事態だと、分かっているけど~♪

 少しだけこのまま瞳、そらしてくれよ~♪


 献帝一派は急ぎ馬車に乗り込むと、馬に鞭を振い、馬車を一斉に走らせた。

 それを呆然と見つめる李傕。

 たくさんの馬車の波が揺れ動いているのだけは分かる。

 しかし事態が呑み込めない。

 軽い気持ちで見回りに来た彼の今の心境を書き表すのは難しいだろう。

 それぐらいに彼は動揺していた。


「り、李傕様!しっかりして下さい!帝に逃げられてしまいますぞ!!」


「ハッ!?」


 部下の言葉にようやく李傕は我を取り戻した。


「い、いかん!これはまずいぞ!急ぎ献帝たちを追いかけるのだ!」


 正気に戻った彼は追撃部隊を編成し、裏門より逃げて行った献帝一派の追撃に入った。


 さあ!各馬裏門から一斉にスタート!各馬一斉に鞭が入る!

 おっと、後方から猛烈な勢いで追込んでくる黒い影!李傕軍だ!

 後方集団に並びかけるように一斉に迫ってくる!

 その差、20馬身から19馬身!李傕軍速し!

 後方集団へと大きく迫り来て、李傕軍圧倒!


 李傕軍の追撃は凄まじく、献帝一派との距離を見る見るうちに縮めて行く。


(ぬぬぬ!このままでは追いつかれる!何か手はないか!!)


 帝の寵姫ちょうきの父に当たる董承とうじょうという老将は打開策を考えたが、一向に思いつかない。

 そうこうしているうちに敵との距離が縮まってくる。


(むむむ!これまでか!万事休す!!)


 董承が唇を噛みしめ、諦めと同時に悔しさを滲ませたその時、突如として銅鑼の音があたりに響いた。

 その音色は彼方の林や丘の陰から聞こえてくる。


「むっ!? 何事だ!」


 追いかけている李傕軍にもその音は聞こえていた。

 李傕が音のする方を見ると、突然、その場所から千の数を越える騎兵がワッと姿を現した。


「なにっ!?」


 突如として現れた謎の騎兵部隊。

 その部隊の上には『楊奉』と書かれた旗が掲げられていた。


「な、なんだと!あれは楊奉の部隊か!!」


 その騎兵部隊を率いているのは、先頃、李傕に反旗をひるがえして姿をくらましていた楊奉であった。

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