第173話 心は複雑に絡み合う
一夜明け、使いを終えて丞相府へと戻ってきた李儒は唖然としていた。
というのも、董卓の言っていることが昨日とは180度変わっていたからである。
「た、太師? 一体何を仰っているのです? 貂蝉を呂布にくれてやるのでしょう?」
「何度も言わすな。気が変わったのだ。呂布に貂蝉はやらん。」
「し、しかし昨日は」
「たわけっ!誰があの野蛮人にわしの可愛い貂蝉をくれてやるものか!貂蝉は生涯わしのモノじゃ!!」
「そんな・・・。」
李儒は何度も何度も董卓に進言したが、彼はそれを聞き入れず、郿塢城への帰り支度を始めた。
そして準備を整えた董卓は、宝玉で飾られた馬車に貂蝉を乗せ、自身もそれに乗り込むと、兵馬1万を引き連れて、郿塢城へと歩を進めたのであった。
『董卓太師が郿塢城へと帰る。』
この報告は呂布の耳にすぐに入った。
彼は
「・・・・・・・」
馬を走らせている間、彼は無言だった。
叫び声を上げることなく、ただ
そして、郿塢城へと帰るための道中へと先回りして、道の傍にある大樹の陰に身を寄せた。
「・・・・・・・」
大樹の陰に隠れてる間も彼は無言であった。
ただひたすらに、長安からやって来るであろう一軍を待ち続けた。
やがて彼方より、兵馬を連れた一軍がやって来た。
そして彼は見た。一軍の中にある豪勢な馬車に乗っている最愛の女性の姿を。
「・・・・・・貂蝉。」
呂布は呟いた。
誰にも聞こえぬ、彼自身でさえはっきりとは聞こえないであろう微かな声で呟いた。
そしてまた、彼はこうも呟いた。
「・・・・・・董卓。」
馬車に乗っているは貂蝉だけではなかった。
彼の主君である董卓も乗っていた。
董卓は貂蝉を抱き寄せており、その表情はご満悦で溢れていた。
『大樹の陰より姿を現す。』
それをすれば無敵の彼は貂蝉を手に入れることが出来ただろう。
しかし、彼にはそれが出来なかった。
たった数歩、足を動かせば済むであろう事を彼はすることが出来なかった。
複雑に絡み合う心の迷いにより、彼は体を動かすことが出来なかったのである。
呂布は大樹の陰に隠れて貂蝉が連れて行かれるのを黙って見ているしかなかった。
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