第165話 心は天秤のように揺れ動く

 呂布が董卓の寝室へと赴くと、董卓は大いに喜んだ。

 董卓は元より呂布の武勇を愛しており、彼を実の息子のように信頼していたので、一月前に叱り返したことを忘れて彼を寝室へと招き入れた。


「おお、呂布か。久しぶりじゃのう。よく来てくれた。お前も病気であったと聞いておったが・・・体は大丈夫なのか?」


 思いがけぬ董卓の優しい言葉に、呂布の心がまたしても揺らぐ。


「・・・大したことはありませぬ。少し体を弱めただけです。」


 呂布は笑顔ともいえぬ笑顔で董卓の言葉に答えた。

 そして、董卓の傍で彼を看病しているへと目をやった。


(貂蝉・・・。)


 看病のためとはいえ、牀の上で董卓と貂蝉が一緒にいるのが呂布には気に喰わなかった。


 呂布の心は天秤よりも揺れ動く。


 『恩』と『愛』のほんの少しの重りの差で彼の心は激しく揺れる。

 董卓の優しい言葉で揺らいだ呂布の心がまたしても愛の方へと揺れ動いていた。


(貂蝉を董卓に渡したくない・・・彼女を俺のモノに・・・。)


 呂布がそう考えていると、董卓がケホッ!ケホッ!ケケケケケホンッ!と咳払いした。

 その時を狙い呂布は部屋の中央に置いてある屏風の裏に隠れるように身を引いた。


(・・・はぁぁ。・・・あああ。・・・はふん。・・・わーーーー!!)


 屏風の陰にて呂布が頭を掻きむしりながら1人思い悩んでいると、牀の方から貂蝉の声が発せられた。


「董卓様。少しお休みになって下さい。お水を持ってまいります。」


 その言葉に従って董卓は牀の上で横になり、貂蝉は彼に布団を掛け、彼女は牀から降りた。

 そして、横になった董卓に気付かれぬように呂布のいる屏風の陰へと近づいた。


(将軍様・・・。)


(貂蝉・・・。)


 まるで一月前の光景を再現するかのように屏風に隠れて2人は抱き合った。

 そして、貂蝉は呂布の耳元にて魔女の囁きを行う。


(将軍様・・・。私は・・・私はつろうございます。想い人と結ばれず、想わぬ人と結ばれる。これほど辛うことはございませぬ。・・・将軍様。せめて、そのお姿だけでも毎日私に見せて下さいませ。)


 目に涙を浮かべて、お胸を当てて、チュッチュチュッチュと呂布の頬にキスをする貂蝉。

 この反則技に呂布の心の天秤が愛の方に傾く。


「ちょ、貂蝉・・・。お前はそれほどまでに俺のことを・・・。」


 呂布の体に血が滾る。

 彼は貂蝉をギュギュギューッ!と抱きしめ、彼女の頬に手をやった。


(貂蝉・・・。)


(将軍様・・・。)


 2人の顔が近づき、唇と唇が触れ合いそうになる。

 ラブコメ好きにはたまらぬドッキドキのシチュエーションであるが、そうは問屋が卸さない。

 キッスキッスでキッスッス!となりそうなその時、太っちょ野郎の怒鳴り声が部屋に響いた。


「お前たち何をしておる!!」


 空気を読めない糞ゴミデブ虫こと董卓が屏風に近づき、2人の邪魔をしたのであった。

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