第143話 襄陽の戦い その七

 もとより襄陽城は難攻不落の要塞と呼ばれている。

 その要塞が、今、蒯良の采配により、その本領を発揮していた。

 鉄壁の守りを敷く襄陽城を攻めあぐねる孫堅軍。

 孫堅軍は遠征の疲労も相俟あいまって、苦戦を強いられていた。

 そんなある日・・・


「今日は・・・風が騒がしいな・・・。」


 孫堅は陣中を視察しながら、吹き荒れる風を感じて、こう呟いた。


 この日は酷い狂風であった。

 野営をしている孫堅軍は砂塵と強風に苦しんでいた。


「だがこの風・・・少し泣いている。」


 孫堅が再度風を感じて呟いたその時、驚くべきことが起きた。


 ミシミシ、ベキベキ、バキバキ、ボキリンコッ!!という凄まじい音と共に、中軍に立っていた『すい』の文字が書かれた将旗の旗竿が折れてしまった。


「あっ!? 危なーい!孫堅様!あんぶなーーい!!」


 折れた旗竿は孫堅に向かい倒れて、あわや孫堅にぶつかる所であった。

 その様子を見た家臣一同が、慌てて孫堅の元に駆け寄る。


「殿!お怪我はありませぬか!」


「う、うむ。大丈夫だ。かすってもおらぬ。」


「それは良かったです。・・・それにしても、大将旗が折れるとは・・・。」


 『師』の旗は大将旗である。

 その旗が折れたことにより、家臣たちは不吉な予感に襲われ、皆が口を揃えて「これはただ事ではない。」と呟き始めた。

 そして孫堅に、こう進言した。


「・・・殿。どうやら風が殿に良くないものを運んできちまったみたいです。陣をまとめて撤退しましょう。」


 それを聞いた孫堅は


「ははははは!何を馬鹿なことを申しておる!たかが旗が折れたぐらいで何をビクついておる!!」


 と、家臣たちを見渡して笑い飛ばした。

 しかし、家臣たちの不安の表情は拭えない。


「殿。ここ最近の戦の戦況は好ましくありませぬ。それに、季節も変わり、冬に近づこうとしております。好ましくない状況下にてこの事態・・・コレは天からの凶兆の報せに違いありませぬ。」


 家臣たちは不安な表情のまま、再度孫堅に軍の撤退を促した。

 すると孫堅の表情が笑い顔から真面目な顔へと一変した。


「お前たちの気持ちもわかる・・・。しかし、私の考えは違う。」


「風は天地の呼吸である。こういう風が吹くのは冬の訪れを告げるもの。決して凶兆の報せを告げるものではない・・・。それを怪しんで勝てる戦を放棄するなど、愚の骨頂である。」


「・・・よいか、お前たち。この風は勝利へのカウントダウンだと思え。」


「この風が止む前に城を落とし、城の中で風が止むのを待つのだ。」


「わかったら明日より、前にも増して城に攻撃を仕掛けるのだ。・・・急ぐぞ・・・風が止む前に・・・。」


 家臣たちが抱いた不安はあくまでも予感である。

 しかし、孫堅の言葉には道理がある。

 孫堅の言葉に家臣たちは二言なく、ただ頷くしかなかった。

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