第135話 私怨はいけません

 復讐に駆られる江東の虎の異名を持つ孫堅。

 そんな彼の前に現れた集団。

 その集団は孫堅の弟である孫静そんせい率いる孫堅の4人の子供たちであった。


 子供たちの姿を見た虎は牙を収め、江東の虎ではなく、1人の父親に戻り、子供たちを率いる孫静に話しかけた。


「孫静ではないか。息子たちを連れてどうした?戦の門出祝いに来てくれたのか?」


「いいえ兄上、その逆です。子供たちを連れて来たのは兄上を止めるためです。」


「なにっ!私を止めに来ただと!!」


 孫静の一言で、1人の父親に戻った孫堅が、またしても江東の虎になってしまった。

 復讐に燃える虎をなだめるため、孫静は連れて来た子供たちを盾に虎に話しかける。


「兄上。此度の戦において、兄上に万一のことがあったら、この子たちはどうなされますか?この子たちの将来を考え、戦は止めるべきです。」


「・・・今さら戦を止めるわけにはいかん!」


「兄上。・・・私やこの子たちだけでなく、母や兄上の妻も強く反対しております。もし戦に敗れでもしたら・・・」


「申すな!不吉なことを申すでない!」


「申し訳ございません。・・・しかし、兄上。此度の戦が天下窮民を救うための戦であるというのなら、私どもは止めません。むしろ、私が率先して兄上に戦をするよう進言するでしょう。けれど、此度の戦は明らかに私怨です。この子たちだけでなく、民や百姓を傷つける戦はお止め下さい。」


 吠える虎を必死になだめる孫静。

 それに合わせるように孫堅に頭を下げる4人の子供たち。

 しかし、虎は牙を収めなかった。

 私怨、私怨、私怨、私怨、私怨はいけましえ~ん!と言われ続けた虎は怒りがピークに達した。

 そして、彼は叫んだ。


「黙れ!お前は此度の戦は私怨だと申したな!お前ごときが何故私の腹の内がわかる!お前はエスパーか!!」


「私とて天下窮民を救い、世を治めるという大望はある!!」


「今に見ておれ!天下を縦横無尽に駆けまわり!天下に孫家の名を轟かせてやる!!」


 怒れる虎の咆哮を聞いた孫静は、がっくりと項垂うなだれ、それ以上言葉が出なかった。

 すると、孫静の後ろにいた子供たちの1人が、ツカツカと前へ進み出てきた。

 進み出てきた子の名は『孫策そんさく』。今年17歳になる紅顔の美少年であった。


「父上・・・。父上が出陣なさるのでしたら私も連れて行って下さい。私はもう戦える年齢としであります。」


 孫策の言葉を聞いた孫堅は大いに喜んだ。


「おお!よくぞ申してくれた!お前は幼少の頃より優れた子で、私が見込んでいただけのことはある!」


「ありがとうございます。では出陣までに身支度を整えておきます。」


「うむ。お前の活躍を期待しておくぞ。」


 そして、孫堅は孫静と子供たちを見渡して、こう言った。


「次男の孫権そんけんは叔父の孫静と力を合わせて留守を護れ。頼むぞ。」


「はい、父上!お任せください!」


「うむ。よい返事だ。・・・孫静。お前も頼むぞ。」


「・・・はい。兄上もお気を付け下さい。決して無理をなさらぬように。」


「わかっておる。・・・では出陣の準備を進めるとしよう。」


 こうして荊州の劉表との戦が決定したのであった。

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