第134話 時は来た

 ここは揚子江ようすこう支流の流域に位置する長沙城。

 長沙城は水利に恵まれており、文化も兵備も活発だった。

 長沙の太守『孫堅』は、今、この城で戦の準備をしていた。

 岸には500もの軍船が並べられ、兵たちが兵糧や武具をせっせと軍船に積み込んでいた。


「ありゃりゃ?船が大層並んでおるぞ。軍事演習かな~。」


 事情を知らされていなかった程普は呑気な声を出しながら、事の次第を確かめるため、孫堅のいる長沙城へと足を運んだ。


 謁見の間で椅子に座り、部下たちに指示を下している孫堅に、程普は岸で見たことを尋ねてみた。


「岸に軍船がたくさん並んでいましたけど、一体何が始まるんです?」


「大戦だ。」


「えっ!?」


「江東大戦だ。」


「ええっ!?」


 軽い気持ちで孫堅に軍船の事を聞いた程普は素っ頓狂な声を上げてしまった。

 事態が把握できない程普は慌てながら、孫堅に事情を尋ねた。


「ぐ、軍事演習ではないのですか?」


「違う。江東大戦だ。荊州の劉表と大戦を始める。」


「劉表とですか!な、何故なぜ何故なにゆえ如何いかがして!!」


「・・・お前は忘れたのか?劉表が私たちに何をしたのかを。」


「・・・覚えております。覚えておりますとも。あの悔しさは忘れることなど出来ませぬ。・・・ですがまだ答えを聞いておりませぬ。何故この時期に戦を始めるのですか?」


「ふふふ。コレを見よ。」


「コレは・・・書状でござるか?」


「そうだ。そして私の復讐のときを告げる合図でもある。・・・読んでみよ。」


 孫堅から書状を受け取った程普は内容を確認してみた。

 書状は袁術からの密書であり、内容は以下の通りである。



史上最強の男が、史上最強の男を誘いにきた。

先の戦いにおいて、貴公が得られた印を奪わんとしたのは袁紹の策略である。

そして、今、袁紹は劉表と手を結び、江東を攻め入らんとしている。

兄はクズ。これは間違いない。

劉表もクズ。これも真理。

兄=劉表=クズの方程式が成り立つのは、貴公も証明済みであろう。

貴公が彼らを嫌悪しているように、私も彼らのクズさには辟易している。

そこで、同志である貴公に提案がある。

荊州の劉表を攻めてはくれないだろうか?

私はそれを助け、私は冀州を手に入れる。

互いに益のある話であるのは明白であろう?

敵が手を組むのが有害なら、私と組むのは有益である。

機会は一度。君のドアをノックすると考えるな。



 以上の密書の内容を読んだ程普は信じられな~いという表情を浮かべた。


「殿!袁術の密書を信じるのですか!私は信じられませぬ!!」


「私も信じられぬ。袁術は嘘つきの小者であるからな。」


「でしたら!」


「しかしな、程普よ。袁紹と袁術が不仲であるのは間違いないだろう。・・・これはチャンスなのだ。私は袁術などの力を借りずとも自らの力のみで奴らに復讐をしてみせる!!」


「・・・殿の気持ちはわかります。しかし、戦をするには大義名分が必要です。私怨では世間はついてきませぬぞ。」


「袁紹と劉表は先の戦で私を陥れた。それだけで理由は十分だ。」


「しかし、」


「くどい!くどいぞ!程普!!私に忘れろと申すのか!先の戦で散っていった多くの部下たちの死を忘れろというのか!!」


「・・・」


 復讐に駆られる孫堅の剣幕に、程普はこれ以上の言葉が出なかった。


 吠える江東の虎を止められる者はもういないのか?


 程普が大戦を覚悟したその時、虎の前に、とある集団が現れた。

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