第105話 誰でも弱い人間である

 曹操の危機に颯爽と駆けつけた夏侯淵は兵を率いて、曹操を取り囲んでいる李傕の兵たちの一角を打ち破った。


「殿ーーーー!ご無事ですか!殿ぉぉぉぉお!!」


「夏侯淵!私は無事だ!よく助けに来てくれた!!」


「お褒めの言葉は後で頂きます!それよりも今は此処から脱することが大事です。私にお任せあ~れ~!!」


「うむ!頼んだぞ!」


 気迫あふれる夏侯淵のナイスプレーにより、曹操は窮地を脱した。

 夏侯淵は残党兵3000のうち500を曹操の護衛に当て、残りを敵軍に当てた。


 夏侯淵が必死に敵を食い止めている中、曹操はふもとの滎陽に向かい、馬を走らせた。

 しかし、その道中にも伏兵が湧いて出てきて、彼に奇襲を仕掛け、彼を守護する兵たちは次々と打ち倒されていった。


「シェーーーー!これはもうおしまいざんす!!」


「あっ!もうダメだこりゃ!曹操様!申し訳ないね~っと!」


 奇襲による奇襲により、曹操に従う兵は10騎も満たないほどに数を減らしてしまった。

 それでも曹操は逃げ続けた。

 傷つき、倒れる味方の死を背中で感じながら、曹操は振り返ることなく馬を走らせた。

 麓へ麓へと曹操は駆けた。

 死んでいった者たちのために、曹操は生き抜いていた。


(私が死ねば死んだ者たちの死が無駄になる。)


 主君としての責務と家臣の死の重圧を背負いながら、曹操は道を駆け進んだ。



 曹操が馬を走らせていると湧水ゆうすいがあるのが見えた。


(これは良い・・・喉を潤すとしよう。)


 幸いにも追っての兵はいない。

 曹操は馬を降りて、湧水へと顔を近づけた。

 綺麗な清水にて喉を潤し、曹操は天を見上げた。

 すでに日は暮れ、天には月が昇っていた。


(綺麗な月だ・・・でも私は・・・)


 曹操の頬に一筋の涙が流れた。

 覇王だ、非常の人だ、超世の傑だ、と評されている曹操も人間である。

 彼は強い人間であるが、弱い人間でもある。

 弱い人間に戻った彼は感傷に浸っていた。

 その時・・・


「うっ!!」


 呟きにも似た言葉を吐いて、曹操の隣で水を飲んでいた護衛兵の1人が倒れた。

 倒れた兵の背中には一本の矢が刺さっていた。


「な、なにっ!」


 曹操は慌てて周囲を見渡した。

 周囲を見渡すと、森林から無数の董卓軍の兵たちが曹操たちに向かい、顔をのぞかせていた。


(くっ!こんな所にまで伏兵がっ!!)


 曹操は疲れた体を振り絞り、馬に飛び移った。

 その間に護衛兵たちは皆倒され、曹操1人になってしまった。


 曹操に奇襲を仕掛けたのは滎陽城の太守『徐栄じょえい』であった。


「曹操覚悟っ!!」


 そう言って徐栄は部下を失い一騎となってしまった曹操に向かい矢を放った。

 矢は曹操の肩に突き刺さった。


「ぐっ!!」


 曹操は激痛のあまり、背を丸め、馬の鬣に体を倒してしまった。


(痛ぇ!超痛ぇ!なんじゃこりゃーーーー!!)


 周囲は敵だらけ。矢を抜いている暇などありはしない。

 曹操は肩から流れる血で馬の鬣を汚しながら、懸命に馬を走らせた。

 すると、木陰より無数の槍が飛び出し、曹操の乗っている馬の腹を突いた。


(痛ぇ!超痛ぇ!なんじゃこりゃーーーー!!ヒヒーーン!!)


 馬は勢いよく倒れ、曹操は大地にはね落とされた。

 そして、倒れる曹操に4人の兵が襲いかかる。


「捕えろ捕えろ!ウヒョーーー!」


「くっ!これまでか!!」


 曹操はよろめきながら立ち上がり、剣を抜きはらって、兵を2人斬り殺した。

 しかし次の瞬間、曹操はその場に倒れ込んでしまった。


「む・・・むむ・・・むむむ・・・むむむむむ、無念。」


 落馬による曹操のダメージは深刻で、彼にはもう体を動かす体力が残っていなかった。


 倒れた曹操にジワリジワリと兵が近づく。


 このまま曹操は死ぬのか?

 非常の人だと称された青年も現実の前に敗れてしまうのか?

 曹操自身もそう思ったその時、彼の耳に馬の蹄の音が聞こえてきた。


 曹操の従弟である『曹洪』が馬を走らせ、彼のもとに駆けつけたのであった。

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