第22話 リヴァイアサンの顕現
けいこを連れて旧校舎から脱出したジョーはUFOから地上の姿を見ていた。
彼の前面に広がる大きなモニターには外の様子が映し出されている。
街並みを照らす色合いは夕方の茜色から徐々に夜の暗さへと近づいてきていた。思ったより早く時が経っていたようだ。
ジョーは手元のパネルを操作し、攻撃の照準を地上の旧校舎へと絞っていく。照準に合わせて、大型スクリーンの中央に今にも壊れてしまいそうな旧校舎の情景が大きく映し出されていく。
「さあ、ショータイムだ。派手に行くぜええええ!」
「やめて! みかちゃんまで死んじゃう! みかちゃん!」
UFOに連れてこられるなり椅子に縛り付けられたけいこが必死に叫ぶ。ジョーは今にも発射スイッチを押してしまいそうだ。
もしそうなったら、みかは旧校舎もろとも吹き飛ばされて死んでしまうだろう。ジョーはそしらぬふうに振り返る。彼はけいこの話などちっとも気にしていないようだった。
「お嬢さん、お友達はもう死んだんだ。悪い奴らをやっつけたらすぐに君の洗脳を解いてあげるからね。おとなしくしているんだよ」
「おとなしくなんて出来るわけないじゃない!!」
必死にわめきながらもがき続けるけいこにジョーが一気に不機嫌な顔になる。自分の思い通りにならないのが不愉快なのだ。
「いいからおとなしくしてろって言ってるんだよ! 今度俺の邪魔をしやがったらその舌を引っこ抜くぞ!!」
銃を抜いてどなり散らしてくる。けいこは何を言っても無駄だと悟った。がっくりとうなだれる。
「みかちゃん……」
「へっ、同情を引こうったって無駄だぜ。洗脳された奴は主人のためなら何でもするんだ。命乞いだってな。さあ、俺のかっこいいシーンの見せ所だぜ!」
ジョーは再び発射スイッチに向き直り、旧校舎を撃つべく手順を進めていく。けいこにはもう祈るより他に手はなかった。
「神様、もしいるのならみかちゃんを助けて……」
「さあ、行くぜ!! 必殺ギャラクシージョーファイナルダイナマイト!!」
変な前口上をつけてからジョーは大きく手を振り上げ、強く振り下ろしてミサイルを撃ち放つ。旧校舎に向かって飛んでいくその凶器の姿を二人はモニターで見送っていく。
当たる前からジョーはガッツポーズを決めた。
「正義の勝利だ! グランドフィナーレの花火を上げろ!」
「みかちゃん!!」
本当に自分に出来ることはなかったのだろうか。けいこは深い後悔の念にかられていく。
いつも自分の隣で笑っていたみか。危なっかしくてそそっかしくて目が離せなかったところもあったけど、彼女のおかげで自分も随分助けられてきた。
一緒にいて楽しかった。生まれた時からの大切な友達だったのに。
ミサイルが炸裂する。広がる爆風が旧校舎を覆い尽くしていく。
「みんなまとめて吹き飛んでしまええええええ!! あーっはっはっ!!」
ジョーは大きな気分の高揚に大笑いしている。
絨毯のように広がっていく爆風を今度は下から黒い竜巻が突き破り、周囲へと撒き散らしていく。
黒い風が渦巻く向こうに崩れようとしていく旧校舎の壮絶な姿が見えた。
気の遠くなるほど長い間そこにあったであろう旧校舎が滅びていく。長い時を生きながらえてきた歴史の生き証人の最期だった。
ジョーとけいこはそれぞれ別のある種の感動でもってその光景を眺めていた。
だが、満足気だったジョーの表情が不意にかげりを見せた。
「何だ、あれは」
何か様子が変だった。旧校舎のあった場所を中心に渦巻いていた黒い竜巻が大きく膨れ上がり、何か巨大な物がその姿を現してきた。
暗くなって藍色の星空となり始めてきた空の下で、大きな二枚の翼が広がった。巨大な化け物がその不気味な顔を持ち上げ、空に大きく咆哮を上げた。
「グオオオオオオオオ!!!」
まるでファンタジーそのままのような恐ろしく神々しい姿。
「どうしてこんな生き物が」
けいこは目の前の出来事が信じられなかった。旧校舎を突き破って現れたその巨大な化け物は竜だった。
竜なんて空想の動物だと思っていたのに、どうして実在するのだろう。
夕空と夜空の混在する下に現れたその禍々しくも神々しいモンスターに、ジョーは気圧されながらもパネルを操作する。
「秘密兵器のお出ましってわけか。ヒーローは負けはしないぜ!」
ジョーは次々とミサイルを発射するが、竜の周囲に展開する黒い風にはばまれ、それらは届く前に全て落とされてしまった。だが、正義のヒーローを自称するジョーはあきらめはしない。
「こうなったら根性比べだ! どちらが先にくたばるか」
言葉の途中で竜が巨大な尾を振るってくる。かすったが、なんとかかわすことに成功した。
「これが三流のへぼ脇役パイロットだったら落とされてたところだぜ!」
口上を途中で封じられながらも、ジョーは落ち着いた態度でUFOの体勢を立て直す。
再び巨大な竜を射程範囲に捕らえる。横に回りこんでも竜はこちらを見向きもしなかった。
「ならば攻撃して気づかせてやるまでだ! 自分のおろかさとともにな!」
竜が翼を動かす。ジョーが攻撃するよりも早く吹いてきた風にUFOがバランスを崩されてしまう。ジョーは危うく転倒しそうになったのをなんとかしがみついて耐えた。
「くっそう、なめやがって」
たった一振りでなんという力だろう。けいこはあの竜とこのUFOとの力量の差を感じていた。
揺れるUFOの中でジョーは再び攻撃スイッチに手を伸ばす。
「なかなかの力だが、直撃しなければどうということはないぜ!!」
「今のはわざと外したんだよ」
「なに!?」
どこからともなく届いてくる声があった。けいこは辺りを見回そうとしたが、すぐにその必要はないと悟った。
その人物はスクリーンの中央に映っていたのだから。
いつからそこにいたのだろう。あの竜の手前に、古ぼけた杖を持った幼い少女の姿があった。
その姿を認めてけいこは喜びに顔を輝かせた。
「みかちゃん!!」
それはみかだった。何をどうして宙を飛んでいるのか、なぜ声が届いてくるのか、不思議に思ったけど、そんなことは助かったという事実に比べれば二の次だった。
「無事だったんだね。よかった」
けいこは心からの安心に声を漏らす。
みかの背後で竜がこちらを振り返る。けいこはすぐに緊張に目を見張った。
「みかちゃん! 竜だよ! 危ないよ!」
「大丈夫だよ、ゆうなちゃんは友達だから」
「え?」
その時、けいこは気が付いた。その竜の瞳を見て。
「まさか、その竜ってゆうなちゃん?」
「うん、大師様が人間の姿でこの世界へ送ってよこしてくれたけど、これが本当の姿だよ」
「へえ、そうなんだ?」
けいこにはよく分からなかったが、みかが無事ならそれでいいと思った。次々と起こる予期しない出来事に神経がまいっていたせいもあっただろう。
「まあいいや。みかちゃん、今日はもう遅いから家に帰ろう」
「帰る?」
「家に帰るのよ。決まってるじゃない」
そのけいこの言葉にみかは彼女らしくもなく不気味に笑うだけだった。
「この世界にわたしの帰る場所なんてないよ。みんな滅ぼすんだから」
巨大な竜が翼を広げ、みかとともに大きく空へとはばたいた。
「ちょっと待ってよ、みかちゃん! 何を言ってるの!」
みかと竜はどんどん空の向こうへと遠ざかっていく。
「逃がしはしないぜ!」
ジョーはハンドルを握る。飛んでいくみかと竜をUFOは追いかけていく。
崩れていく基地の中で指揮官は悔しさに歯噛みしていた。
自分達がすでに死んでいたなど。
魔道士達のいいように操られていたなど。
「そんなことが認められるものか!!」
魔道神器を盗み出し、大師の望むようにこの星へ案内されたわけだ。全て自分達の意思でやっているなどと思い込まされて……
なんという屈辱であろうか。こんなことが許せていいはずがない。
体がだるい。目が霞む。大師の術が切れ掛かっているのだ。このまま終わるのか。また死へと帰るのか。
いや、このまま終わっていいわけがない。自分達を侮辱したシャリュウ大師にせめて一矢を報いるまでは。
顔を上げた指揮官の瞳に自分達の乗ってきたUFOの姿が映る。
よくも自分達をこけにしやがって。このまま終わらせはしないぞ。
指揮官は必死にはいつくばって、UFOの操縦席までたどりついた。
部下の話が確かならこのUFOはもう修理が終わって飛べるはずだ。
指揮官はあふれくる思いとともにスイッチを入れた。UFOは動かなかった。
「あの馬鹿!」
指揮官はいらだちをあらわに拳を叩いた。
街の上をリヴァイアサンは飛んでいく。街の向こうに広がる海を目指して進んでいく。
みかは遠くに横たわる雄大な海原を見て感慨に浸る。
「全てを還す海へ」
夜だというのに街はパニックになっていた。人々はあちこちで集まってただなすすべもなく空を見上げていた。
月明かりの夜空を飛ぶ巨大な竜を見て人々は何を思っただろう。それはみかにとってはどうでもいいことだった。
それは幻想的でありながら巨大な畏怖を見るものに与えていった。
みかの母とけいこの母もそれを見ていた。みかの母は手を震わせて空を睨み上げていた。
「まさか魔道士が追ってきたというの? この星まで」
「あれって、みかちゃんじゃない?」
緊張に震えるみかの母の横でけいこの母が手を上げて指し示す。けいこの母は目が良かった。そして、みかの母は魔術の才能があった。
空には竜とともに飛ぶみかの姿があった。
そして、みかの手にある物。
「魔道神器!!」
みかの母は今度こそ本当に心の底から怯えた声を出した。
「みか、どうして。魔道士の力が目覚めてしまったの?」
「どうしたの?」
親友の異変にけいこの母は心配そうに訊く。
「わたし、行かなきゃ。みかを助けに」
「そう、行ってしまうのね。でも、きっと戻ってきて。あなたたちはわたし達の友達なんだから」
「ありがとう」
みかの母は魔法で箒を出して空へ向かっていく。
「わたしも魔法が使えたらな」
けいこの母は遠い目でそれを見送った。
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