第23話 愛する者達の絆
みかは竜とともに空を飛んでいく。
「見て、ゆうなちゃん。人間がゴミのようだよ。わたしたち、こんなところで暮らしてたんだ。じきに消える。最後の見納めだよ」
「みか! 待ちなさい!」
気持ちよく飛んでいたみかの前に、みかの母が立ちはだかった。
実の母を前にしてみかは憎悪の視線を持って睨みつけた。愛していたはずの人、でも、今は憎むべき対象にすぎない。
何故ならこの人こそ魔道士の末裔である自分の力を封じた張本人なのだから。あの力さえあれば自分は道を誤らなかったはずなのに。
「お母さん、よくもわたしの力を封じてくれたね。わたし、全部思い出したんだよ」
「そう、思い出してしまったのね。みか、聞いてちょうだい。魔道士の力はあってはいけないのよ。それがあるとあなたのためにならないのよ!」
「どうして? この力があればお兄ちゃんを助けられたのに。お兄ちゃんはわたしのせいで死んでしまったんだよ!」
「みか、あなたそんなことまで……」
「そう、思い出したの。でも、もういいんだよ。大師様がわたしに救いの手を差し伸べてくださったから。みんなこの世界が悪いの。わたしはこの世界を消し去るの」
「みか、なんてことを言うの! お願いだから大師の言うことだけは聞かないで! あなたは騙されているのよ!」
「お母さん、どうしてそんなことを言うの? 大師様は全ての魔道士を超越したお方なのに。お前なんかより遥かに優れた人なんだよ!」
「みか! 大師はあなたを利用しているだけなの! あなただけじゃない。他の魔道士のみんなだって。あいつは自分のことしか考えてないのよ! 目を覚まして!」
「うるさい! お前に大師様の、わたし達の何が分かるって言うの! わたしはこの世界を消し去るのよ! 邪魔をするならお前を消す!」
みかは母に向かって杖を向ける。
みかの魔力を受け、リヴァイアサンが大きく吠える。みかの母は説得をあきらめるしかなかった。
「仕方ない。力づくでも言うことを聞かせるしかないのね」
みかの母は呪文を唱える。地面からがれきが持ち上がり、くっついていき、巨大な岩の巨人となった。
「行け、ゴーレム!」
「迎え打て、リヴァイアサン!」
空へ向かってゴーレムが重い拳を振り上げる。リヴァイアサンが降下し、体重もろとも爪を突き立てて岩の巨人を押さえ込みにかかる。
組み合う二体の巨獣。リヴァイアサンはその強靭な口でゴーレムの首を噛み切った。ゴーレムが崩れていく。
自らの魔力の敗北にみかの母は悔しげに顔を歪めた。
「なんという力! ゴーレムが負けてしまうなんて!」
「しょせんお前は大師様に逆らった負け犬に過ぎないんだよ。大師様は正しい。お前には何も出来ない」
「みか……」
「さあ……消してやるよ!」
地上へ降り立ったリヴァイアサンが今度はみかの母をその牙にかけようと口を開く。
「みか、あなたがそう望むならそうするのが一番いいのね」
「そうだよ、死ね!」
「させるか!」
その時、ジョーのUFOが体当たりしてきた。
黒の杖が張った魔術結界がその衝撃を防ぐが、わずかに残った空間の揺らぎにみかはいらついた。
「おのれ! まだいたのか! 邪魔をするならお前から消す!」
「やれるものならやってみろ!」
ジョーのUFOは攻撃の体勢へ行こうとするが、それより早く振り返ったリヴァイアサンにあっさり掴まってしまった。長い尾に挟まれて押しつぶされていく。
バリアがかろうじて働いてはいるが、リヴァイアサンの力の前に破れるのは時間の問題と思えた。
「雑魚のくせにでしゃばるなんて生意気なんだよ。このまま潰してやるよ!」
みかが魔力を上げるとともにUFOがひしゃげる悲鳴を上げる。けいこはスクリーンの向こうのみかへ向かって必死に叫んだ。
「みかちゃん、やめて!」
「けいこちゃん……お前が邪魔だ!」
「みか、やめなさい!」
「ええい、みんなまとめて死ね!」
みかが杖を振り上げてリヴァイアサンにさらなる応援の魔力を送る。
けいこは必死に叫んだ。ここで負けてしまったらこの大切な友達はもう二度と帰ってこない気がしたから。
そう考えると恐ろしかった。もう二度とあの日常が帰ってこないかと思うと寂しかった。胸が感情で押し潰されそうになるのを必死に耐えながらけいこは涙混じりに声を張りあげた。
「駄目だよ。わたしたちが死んじゃったら、もう二度と会えなくなるんだよ! そんなのたまらなく寂しいじゃない!」
「なに?」
「みかちゃん、お願いだから戻ってきて! この世界でまた一緒に楽しく遊ぼうよ~!」
「けいこちゃん……違う、大師様の言うことは正しいのに、わたしは間違ってないのに、どうして……悲しいの」
「みかちゃん! 帰ろう! また一緒に学校へ行こうよ!」
「けいこちゃん、嫌だ! この世界は間違っているんだ!」
「魔道士め、くらえ!」
その時、ジョーが起死回生と自信を持つミサイルを発射した。けいこの剣幕に気を取られていたみかは完全に虚をつかれてしまった。
「しまっ……!」
「させないわ!」
みかの母は素早く呪文を唱えると、みかに飛びつき、魔力のシールドでみかを包み込んだ。母の腕に抱かれ、みかは戸惑いに目を震わせた。
「お前、どうして」
「なに言ってるの。今までみかの面倒を見てきたのは誰だと思ってるの?」
「お母さん……けいこちゃん……」
みかの心に固まっていたどす黒い感情が融けていく。
どうして自分はこんなにも憎んでいたのだろう。大切な家族と友達なのに。
みかは堰を切ったように泣き出した。
「ごめんなさい……ごめんなさい!」
「みか、もういいのよ。あなたはまだ子供なんだから」
「みかちゃん……」
感傷に浸る彼女達。だが、ジョーの剣幕は納まらなかった。
「ええい、猿臭い三文芝居はやめろ! お前達は魔道士だろうが! この悪人どもめ! 正義の鉄槌でぶっ飛ばしてやるぜ!」
「やめんか、ジョー!!」
ジョーが再び攻撃しようとしたまさにその時、空から光の大群がやってきた。
それはたくさんのUFO達だった。夜空を降りてきたきらめく星々のごとく隊列を組んで飛んでいる。
スクリーンに恰幅のいい偉そうな男の姿が映る。
「署長!」
ジョーに署長と呼ばれたその男は厳しい威厳を持って彼に言葉をかけた。
「なんとか間に合ったようだな。ジョーよ、我々は全てを見ていたぞ。お前はこの人達の姿を見てなんとも思わんのか!」
「でも、こいつらは魔道士ですよ!」
「魔道士でも心を持った人間だ。それが分からないとは、お前に目をかけたわしはどうやら間違っていたようだな。お前のような奴は宇宙警察の面汚しだ。即刻首だ!」
「そ、そんな……!」
ジョーはがっくりと屑折れてしまった。
「俺はみんなのあこがれるスーパーヒーローだったはずなのに……」
肩を震わせ、拳を強く握る。
「う……う……」
立ち上がると銃を抜いてけいこに向き直った。その顔には気の狂った殺意が芽生えていた。
「みんなお前達が悪いんだ! 死ね! 死んでしまえ!」
ジョーが銃を撃つ。椅子に縛りつけられたけいこに向かって殺意の光線が伸びていく。
「けいこちゃん!」
みかが叫ぶが間に合わない。顔を引きつらせるけいこの前に立ちはだかる物があった。
「グウウ」
竜の低くうなる声がする。
UFOの壁を破って入ってきたリヴァイアサンの爪が、けいこに迫っていた光線を弾き返していた。けいこははっとしてその竜の顔を見上げた。
「ゆうなちゃん」
「うわわ、ひええええ!」
ジョーは銃を取り落として転んでしまった。
「どうしてこうなってしまうんだ? 俺はヒーローなのに、ヒーローなのに……何が間違っていたというんだ。うわああああ!」
ジョーはそのまま頭を抱え込んでしまった。署長は憐れみの目で見つめている。
「首と言ったのは言い過ぎたかもしれんな。たった一人で魔道士と相対したのだ。まともな精神状態ではいられなかったのだろう。ジョーよ、今は頭を冷やすのだ」
一機のUFOがみか達の前まで降りてきてそこで静止した。UFOの上に男が姿を現した。先程スクリーンに映っていた署長だった。
「みなさん、我々は宇宙警察です。どうか我々の話を聞いていただきたい」
署長は今度はみか達に語りかけてきた。穏やかで優しい声だった。
だが、みかはまだショックから抜けきれておらず震えていた。怯えた目で母を見上げる。
「お母さん……」
「大丈夫よ、お母さんが話をつけるから」
母はみかの頭を優しくそっと撫でると署長に向き直った。
その時だった。
『そうはいかん』
どこからともなく不気味な声が鳴り響く。みかの持つ杖から魔力が解き放たれ、リヴァイアサンに黒い光が注ぎ込まれていく。
「オオオオオオオオオオ!!」
リヴァイアサンが大きな雄たけびをあげる。みかの母は驚いて振り返った。
「みかちゃん、何をしているの!」
「違う! わたしじゃない! 杖が勝手に……キャア!」
光をまとった黒の杖がみかの手を弾く。宙を浮かび、杖はリヴァイアサンの上で止まった。
「何が起こっているの?」
みんながそれぞれに戸惑いと驚きの視線でそれを見上げる。
杖から黒い霧のような物が噴出し、人々の顔のような物を形成していく。多くの顔の群れは不規則にうごめきながら声を出してきた。低く太いしわがれたようなこの世ならざる者達の声。
『我ら、魔道神器に宿りし、魔道士達の意思なり。みか、お前は大師様に与えられた役目を放棄した。故に我ら大師様の意思を継ぎ、リヴァイアサンとともに役目を果たす』
「そんな! ゆうなちゃんは関係ないでしょ!」
『そんなことはない。リヴァイアサンこそ大師様のじきじきに送られた魔道神器の要。大師様に従わずして生きる道などない』
「そんな、ゆうなちゃん、駄目!」
「グウウ、オオオオオオ!!」
リヴァイアサンはジョーのUFOを掴み、力まかせに投げ下ろした。UFOは土煙を上げて道路に叩きつけられた。
「けいこちゃん!」
「みかちゃん、大丈夫だから……」
けいこがスクリーンの向こうのみかに向かって囁く。魔道士の意思は言葉を続ける。
『平口みか、しょせんお前はこの程度なのだ。大師様の恩情を理解しようともしない哀れな小娘なのだ。そこで黙って世界の行く末を見ているがいい』
リヴァイアサンがはばたく。鋭い風にみかは顔を伏せた。
「行かせるな!」
署長の号令の下、宇宙警察のUFO達がリヴァイアサンの進路を防ごうとするが、リヴァイアサンはそんな物は物ともせず、自らの力を見せ付けるかのように容易く蹴散らして行ってしまった。
海を目指して。
『我ら、魔道士の意思。シャリュウ大師の思いを今遂げよう』
「みんな大師に操られてる」
どうすることも出来ず見送りながら、みかの母はぽつりと呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます