第20話 封じられた記憶
地下の秘密基地の一室でいらだたしげにモニター画面を消して指揮官は指を組んで爪を噛んでいた。
彼は一刻も早くここを離れる必要性にかられていた。宇宙警察に見つかった以上長居は無用だ。
だが、修理途中のUFOでどこまで逃げ切れるか。全ての失態は無能な部下とあの子供達のせいだ。あいつさえもっとちゃんとして、あの子供達がここに来さえしなければ。
そこで彼ははっと思いついた。
そうだ。奴らを人質にとればいい。そうすれば宇宙警察もうかつには攻撃してこれないだろう。
余計な荷物を抱えるのは気が進まないが、それでうまくいくのなら手は打っておくべきだろう。指揮官はにんまりと微笑んだ。
みかは暗い場所にいた。どうしてこんな場所にいるんだろう。
ぼやける頭を振り払い立ち上がり、霞む視界の向こうで闇にほんのりと明かりが差し込むのが見えた。
ゆっくり導かれるように歩いていく。何故かもう何度もここへ来ているような気がする。
気が付けばみかは街中の雪の道にいた。
「ここ、どこかで見たことある」
どこか現実感を感じないその光景。降ってくる雪にぼんやりと手を伸ばす。道を行き交う人達はみかに気づくこともなく、ただ思い思いに通りすぎていく。
手の平に乗った雪をそっと引き寄せ、みかはじっとそれを見つめる。何かが記憶の奥底から湧いてきそうで湧いてこないもどかしさに駆られている。
「ここは……ここは……」
胸の底から言い知れぬ不安が膨れ上がっていく。みかの手の平から雪が零れ落ち、それをきっかけとしたかのように視界が真っ赤に染まり、全ての動きが静止した。
大地を見つめるみかの目に誰かの影が差し込んだ。
「ここはあなたの封じた記憶の世界」
顔を上げて見ると、道の向こうに立つ髪の長い少女の姿があった。前に闇の中で出会ったあの不気味な子だとみかは思う。謎の本を浮かべ、みかを苦しめてきた。
そう、確信があるわけではないけれど。
みかが黙っていると少女は全てを理解しているかのように言葉を続けた。
「わたしの力じゃない。あなたは自分の意思に苦しめられたのよ」
「それってどういう……」
言いながらもみかは心のどこかで思っていた。この少女は自分の心が生んだ記憶の投影なのだと。そう、あの日から封じていた邪なる自分。
少女は薄く笑ったようだった。
「わたしはあなた。あなたの押さえ込んだ記憶が生んだもう一人のわたし。現実には存在しない、でも本当は存在していたかったもう一人のわたし達。恨みを、悔やみを、その内に宿す者」
少女が顔を上げる。彼女はみかと同じ顔をしていた。
「リヴァイアサンを目覚めさせなさい。彼女はわたし達の味方となる者。全てをあるべき形に取り持つために大師様が呼び寄せてくださった大いなる獣。駒はすでにすぐ近くまで来ている」
「リヴァイアサンを……」
みかは両手を天へとかざす。
彼女の心の中に赤く血塗られた記憶が蘇ってくる。
今よりまだ少し幼い頃、みかには仲の良いお兄ちゃんがいた。彼は自分に宇宙の楽しさを教えてくれた。憧れの人だった。
でも、死んでしまった。自分の不注意のせいで事故にあってしまったのだ。
どうして、間違ってしまったんだろう。みかは深い後悔に襲われた。
もっと自分がしっかりしていれば、いや、この世界がしっかりしていれば良かったのに。
宇宙はこんなにも綺麗に輝いているのに、どうして地上はこんなにも空しく見えるのだろう。みかは毎晩のように望遠鏡で宇宙を見るようになった。今度は一人で。
その日から宇宙はみかの心のよりどころとなった。
地上では動物と仲良くなった。コイさんと仲良くなった。けいこちゃんとはずるずるとした付き合いが続いていた。他の友達はもう作らなくなっていた。
ゆうなと会うまでは……
そのうちみかは自分の辛い記憶を封じることに成功した。心の中にもう一人の自分を創造し、そいつに全ての責任を押し付けることで自らの過去を封印したのだ。
わたしは何もやっていない。やったのはわたしでは無い誰かなのだ。あの経験をしたのはわたしではない他の誰かなのだ。わたしはただの宇宙が好きな少女なのだ。そう言い聞かせることで明るい自分を生きてきた。
でも、思い出してしまった。何か大きな力が近づいてくるのを感じる。何かが自分の記憶を呼び起こそうとしている。いったい何が……もう、自分の力では止められない。
正しい世界が壊れてしまう。間違った世界が現れてしまう。
でも、魔道士の頂点に立たれる偉大なる大師様がリヴァイアサンを送ってくだされた。あの方は全てを知っている。全てをあるべき理想の姿へと導いてくださる。
全部洗い流してしまわなきゃ。今度こそ、一部を封じるのではなく、全てをきれいに。
とりとめのない思考にみかの思考が混濁する。
雪の日、別れたお兄ちゃん。お願い行かないで。
まだ自分の知らない何かがある。
闇の中で、顔の見えない不気味な少女が笑う。
みかは一つの決意をした。
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