第19話 旧校舎の罠

 ジョーは空のUFOから地上の様子を見ている。敵は建物の中に逃げ込んだ。


「あそこが奴らの基地だな!」


 ジョーは攻撃の手を止め、旧校舎へ向かってUFOを降下させていく。油断しないように細心の注意を払いながら。

 こんなところでやられてはとんだ間抜けだ。自分は三流の脇役ではなく、物語の中心となるべきかっこいいヒーローなのだから。

 脳内に有名スパイ映画のテーマを流しながら接近していくと、見えないバリアにはばまれ警報が告げられた。


「ビンゴのようだな! これでもくらいな!」


 ジョーは特殊なミサイルを発射してバリアを破壊した。


「いよいよ敵の本拠地に乗り込むぜ!」


 ジョーは悠々と屋上へとUFOを着陸させると、装備を確認し、屋上の扉から中へと突撃していった。




 地下の秘密基地の部屋で指揮官は強く拳を握り締め、立ち上がっていた。

 外の事態はすでに彼の知るところにもなっていた。その手は内心の興奮にわなわなと震えている。


「ついに見つかってしまったか! おい、奴らを追い払え!」


 スクリーンの向こうの部下にどなりちらす。部下は意外なことでも聞いたように驚いて飛び上がった。


「ええ!? でも、ジェミーちゃんの修理がまだ途中ですが」

「いつまでやっているのだ、このうすらとんかちめ!」


 怒る指揮官に、部下はしどろもどろになりながらも言う。


「ええと、でも後最終チェックだけですよ」

「ならばもうそれでいい! さっさと行け!」

「でも、最終チェックを怠るとどんな不測の事態が起こるか」

「もうそんな暇はない! 行け! とにかく行け!」


 部下は仕方なく渋々と重い腰を上げた。




 校長先生から逃げて旧校舎に飛び込んだみか達は古ぼけた廊下を進んでいた。外観も古いが中身もそれに見合った古さだ。ぼろいとも言う。       

 歩くたびに床が、壁が、天井が、全体がみしみしという感じ。この旧校舎という建物は相当年代を感じさせる木製の構造だ。外の轟音が止み静かになったお陰で今では小さな物音でもより大きく感じられる。

 この建物のどこかに宇宙人さんがいるのだ。みかは今にも後ろから追いかけて来そうな校長先生のことを気にしつつ、目の前にかかっていた蜘蛛の巣を振り払い、遠い思いに空想を馳せていた。

 辺りを見回しつつ足を進める。


「宇宙人さんはどこにいるんだろう?」

「教室のどこかかな」


 けいこは廊下の横に並ぶ教室の窓から中を覗き見た。彼女の肩越しに、みかも同じように覗いてみる。ひび割れたガラス窓の向こうに佇むのは、廊下と同じくかなりぼろく朽ちている特に何の変哲もない静かな教室に見えた。


「何も異常ないね」

「そうだね」

「……あ」


 そんな二人の背後で何かに気づいたのかゆうなが小さく声を上げた。そして、何かに導かれているかのように脇目も振らずにさっさと歩いていってしまう。みかは彼女の勘を信じてついていくことにする。


「ちょっと待ってよ」


 けいこは意気投合してさっさと歩いていく二人の後を慌てて追いかけた。こんな場所に一人で置いていかれてはたまったものではなかった。

 二人してそそっかしいみかとゆうなを二人っきりにさせるのも不安なら、自分一人でここに残されるのも不安なのだ。あの二人は不安というものを感じないのだろうか。今更言っても仕方のないことではあるけれど。


「待ってよ。不用意に歩いたら危ないよ! キャ!」


 早足で歩いていく二人に慌ててついていこうとしたけいこの足元で不意に床が抜けた。けいこは足を取られて転んでしまった。抜こうとするが結構深い。抜けない。足が何かに引っかかっているようだ。


「助けて!」


 けいこが叫ぶ声にみかが振り返る。遅れてゆうなも振り返った。親友の異変にみかが目を丸くする。


「けいこちゃん!」

「貴様ら! これ以上行けると思うな!」


 みかが駆け寄る暇も無く廊下の向こうから校長先生が姿を現した。追いつかれてしまったのだ。

 よほど怒っているのか憤怒の形相である。みかは近づこうとした足を止めた。みかの背後ではゆうながじっと黙ったまま状況を見つめている。彼女がいったい何を考えているのか、けいこには分からなかった。

 校長先生はにんまりとした笑みを浮かべてすぐ間近に捉えたけいこに手を伸ばした。


「まずは一人。クフフフフ」

「いやあ!」

「けいこちゃん!」


 みかはかけよろうとした。だが、足が震えて近づくことが出来なかった。

 もがくけいこを校長先生の腕が掴みあげる。足が抜け、けいこの体が空中をじたばたとする。


「離して! 校長先生!」

「フン、命乞いの時間はもうとっくに終わっておるわ。お前達も仲間のやられていく様を存分に見ておくがいい!」


 校長先生の目がみかとゆうなを一瞥し、再びけいこに向けられる。


「さあ、一足先に地獄へ向かって旅立て! 小娘!」


 校長先生の腕が手刀の形に構えられ振りかぶられる。その顔には勝利と狂喜に満足した不気味な笑いが浮かべられている。本当にやるつもりなのだとみかは思った。

 けいこは覚悟を決めたのか目をぎゅっとつぶっている。みかはなんとかしないとと思いつつも動くことが出来なかった。

 まさに絶体絶命。

 その時だった。

 不意にどこからともなく重い銃声のような音が聞こえてきて校長先生の動きが止まった。

 ゆるんだ手からけいこの体が抜け落ち、床に投げ出される。校長先生の口がパクパクとまるで金魚のように動く。


「バ、バカな。伏兵がいただと……?」


 校長先生は苦悶に表情を引きつらせ、足をふらつかせてうめいている。けいこは踏まれまいと何とか努力して離れようとする。


「わしの目を盗んで、いつの間に……」


 再びの銃声に校長先生の体が跳ねる。その目がぐるぐる回っている。


「お前らごときがこのわしに……勝てると、思うなあ! うぶほああ!!」


 後頭部から銀色の虫のような物体が煙を立てて落ちていく。それと同時に校長先生は目を白黒させ、やがて意識を失った彼の体は床に倒れ、けいこの足元のすぐ近くの床板をぶちわって沈んでいった。

 けいこは反射的に身をすくめ、先程まで自分を捕らえていた男の姿をおどおどと見下ろした。

 校長先生の立っていた背後の暗がりから一人の青年が歩いてくる。床に落ちている銀色の部品を蹴り、玩具だか本物だか分からない銃を掲げる。


「フッ、洗脳マシーンとはなかなかしゃれた玩具を持っていやがる」

「死んだ! 校長先生が……」

「ただショックを与えただけさ。さあ、お嬢さん達、君達も洗脳されているんだろう。僕が助けてあげよう。さあ、おとなしくしなさい」

「いや……いやあ!」


 けいこは激しくかぶりを振って差し伸べてきた彼の手を払いのけた。


「校長先生を、殺すなんて……!」


 その青年、ジョーは意外そうに眉を引き締め、すぐに憤怒の形相となった。


「僕の助けをこばむなんてなんて奴だ! 僕は君達を助けに来たヒーローなんだぞ! おとなしく言うことを聞け!」

「いや! いやだよ!」

「けいこちゃん! 危ないよ!」

「誰が危ないだと? このメス豚どもが!」


 ジョーは強引にけいこの腕をとり、その体を抱き寄せ、頭に銃口を当てた。


「僕はヒーローなんだ! 君達は悪い奴らに洗脳されているんだ! 僕が助けてあげるからお兄さんの言うことをよくお聞き!」

「みかちゃん!」

「けいこちゃん!」


 どうすればいい。どうすればいいんだろう。矢継ぎ早の出来事にみかの頭はパニック状態になった。

 その時だった。


「侵入者どもめ! このトラップをくらいやがれ!」


 誰かの声とともに周囲に煙が巻き上げられた。廊下一帯に立ち込める煙幕に視界が塞がれ、何も見えなくなってしまう。続いて、みかは足元の床が抜けるのを感じた。軽い一瞬の浮遊感覚。


「あ……」

「落ちろ!」


 再びの誰かの声。

 けいこを抱えたままジョーは反射的に後方へ飛び下がってその穴をかわすが、みかとゆうなは落ちてしまった。誰かの声がする。


「わっはっはっ、あっしの自慢の落とし穴にみんな落ちやがった! さすがあっしは天才天才。くふふ、侵入者といってもたいしたことない奴らだったな。それとも俺様が凄すぎるのかな! わっはっはっ!」


 そのやけに調子に乗った声はけいこも知らない声だった。煙幕が晴れていく。そこには指揮官に威圧されていたうっぷんを晴らし、うかれ騒いでいた宇宙人の部下の姿が現れていた。

 けいこは無言。ジョーは強気に銃を向ける。気が付いた部下は驚いて飛び上がった。


「うわっ、あ……あれっ!? なんでお前達残ってるわけ!?」

「誰がたいしたことないって言ったのかなあ?」

「あ、ええと、さいなら!」

「逃がすかよ! 俺の前に立った奴はみんな死ぬんだぜ。ヘイ、ユー、ゴー、ヘル!! あの世へバイバイだぜ!」

「もうやめて!」


 逃げようとする男にジョーは銃を撃とうとするが、パニックに陥ったけいこにしがみつかれ邪魔されてしまった。その隙に獲物は逃げてしまった。けいこは叫ぶ。


「お願い! みかちゃんを助けて!」

「うるさい! 離しやがれ! 俺のかっこいい射撃のシーンを邪魔しやがって!」


 もみあいながらも銃で殴りつけてジョーはけいこを気絶させた。静かになったところで穴を見下ろす。


「この深さでは助からないだろうな。かわいそうだが」


 ジョーはUFOに戻ることにする。生存者は確保した。敵の存在は確認できた。後はここを爆破するだけだ。

 このまま不用意に進んでは敵の仕掛けた罠がさらに待っていることだろう。深追いは愚か者のすることだ。自分はそのような浅はかな男ではない。何故なら自分はみんなの憧れのスーパーヒーローなのだから。

 ジョーは気絶したけいこの体を抱きかかえると自分の格好良さを空想しながらもと来た道を引き返していったのだった。

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