第11話 旧校舎前の対決
旧校舎の前。荒野を乾いた風が吹き抜けていく。
みかとけいこは静かにその少女と対面していた。
みかは動けなかった。犯人に会ったら文句のありったけを叩きつけてやろうとも思っていたのに、言葉が口に出なかった。
その少女は静かにみかとけいこの目を見据えている。長い黒髪が風にゆれる。じっと立っているその姿からは相手が何を考えているのか、みかには分からなかった。
ただ、圧倒されるような恐怖感を感じなかったのは意外だった。でも、だからと言って油断できる相手でもない。
向こうで何か動いてくれれば対応のしようもあるのに。つかみどころが無くてどうすれば良いのかわからない。余りにも分からなくて手が震えて恐怖がこみあげてくる。
みかはおびえていた。ここまで来たのは間違いだったのだろうか。そんな後悔の念さえ湧いてくる。
先に動いたのはゆうなの方だった。
静かな瞳がキラリと光った感じがした。少女はみかとけいこの立っている方へと静かな一歩を踏み出した。
周囲に張り詰めていた緊張の糸が奇妙に揺れ動いた感じがした。
みかとけいこは思わず後ずさった。彼女の存在が怖かった。出来れば逃げ出してしまいたかった。しかし、それは出来ない。それではなんのためにここまで来たのか分からない。
池を埋めコイを殺した犯人をつき止めるため。みかを襲い、泣かせた犯人を捕まえるため。その相手は今目の前にいるのだ。
ゆうなはさらに一歩、また一歩と近づいてくる。無表情だった彼女の口元にかすかな笑みが浮かぶのをみかの目は認めた。
みかとけいこは決意を固めた。ありったけの勇気をふりしぼって目の前の少女の元へと近づいていく。今は恐れている場合じゃない。何が何でも前進するのだ。
ゆうなが足を止めた。元の無表情に戻り、静かに二人を待っている。
みかとけいこはさらに足を進めていく。ゆうなの足が一歩下がった。
その時、彼女の後ろの水瓶の中で何かが跳ねた。
ゆうなとみかの視線はパッとそちらの方へ向いた。みかは不思議そうにそれを見た。
「コイさん?」
さっきまでの緊張感はどこへやら、不意にみかは走りだすと、けいこの静止する声も聞かず、ゆうなの横をかけぬけて、その水瓶の側へとかけつけ、中をのぞきこみ、手を突っ込んだ。
「コイさん!」
みかの顔が雲間から差した太陽のように明るく輝く。
水瓶の中でみかと遊んでくれたあのコイさんが窮屈そうに泳いでいた。みかの手に擦り寄り、くすぐっていく。みかはその姿を見てどうしようもない嬉しさがこみあげてきた。
「コイさん、生きていたんだ。わーい、コイさーん!」
みかは喜々として水瓶の中で泳いでいるコイの頭をなでてやった。コイは少し迷惑そうに揺らぎながらも嬉しそうだった。
「知り合い?」
無邪気にはしゃいでいるみかの横から訊ねてきたのはゆうなだった。
「うん! みかとコイさんは大の親友なんだよ!」
みかは大好きなコイさんを水の中から抱き上げて満面の笑顔で答えた。コイはみかの腕の中でじたばたともがいている。
「そう、飼い主が見つかって良かったね」
ゆうなはどことなく嬉しそうに言った。
思ったより悪い子ではないのかもしれない。あの闇の中の少女ともきっと別人だったのだろう。
みかはそう納得し、慌ててコイを抱いたまま手の平を振って弁解した。
「違う違う! わたしは飼い主じゃないよ! コイさんはここの池に住んでるの」
「ここの……池?」
ゆうなは不思議そうに首をかしげた。そして、思いつくところがあったのか言葉を続けた。
「あのゴミ捨て穴?」
「あれはゴミ捨て穴じゃないよ。池なの。池。だいたいゴミ捨て穴って何よ」
彼女の言い方が妙におかしくて、みかはクスリと笑った。
「穴が空いてたからゴミを捨てる場所かなと思って。ただの水たまりでも無かったんだね」
ゆうなは仏張面を装ってはいるが、心の底では目を丸くして驚いているようにみかには感じられた。どこか抜けてる人なのかもしれないとみかは思った。
「駄目だよ。勝手にコイさんの住処埋めたりなんかしたら」
みかは口をとがらせて言った。その腕の中ではコイが白目を向いて口をパクパクさせていた。
「みかちゃん! コイさん死にかけてるよ!」
それまで蚊帳の外で呆然と眺めていたけいこが慌てて走ってきて、みかの手からコイを取り上げ、水瓶の中へとたたき込んだ。水しぶきが盛大に上がり、みかとゆうなの顔に少しかかった。
「みかちゃん、コイさんは水の外では生きられないんだよ!」
今度はみかの方が怒られる番だった。
「それから、あなた!」
その矛先が今度はゆうなの方へ向かう。
「あなたがみかちゃんを襲った犯人ね!」
けいこはゆうなの目の前に鋭く指を突き付けた。ゆうなは自分の眼前に突き付けられたその手をわずらわしそうに横へどけた。
けいこは負けじともう一度指を突き付けて言った。
「あなたのせいでみかちゃんがどれほど怖い思いをしたか! 謝って! 今すぐ土下座して謝ってよ!」
けいこは泣いていた。彼女にとってみかはそれほど大事であって、今回の事件は怖いことだったのだ。
ゆうなは今度はけいこの手を押しのけたりはしなかった。じっとけいこの目を見つめ、何かを考えている。
「けいこちゃん、もう良いよ。コイさんも無事だったし、わたしも大丈夫だからさ」
「みかちゃん、でも……」
「それよりもさ。わたしたち友達になろうよ。ここで知り合ったのも何かの縁だし。ほら、握手握手ー」
みかは明るい声でそう言って、けいことゆうなの手を取り、合わせた。
「ほら、これでわたしたち友達だよ」
強引に合わされた手を、ゆうなはじっと見つめ、けいこは複雑な表情をし、みかは笑顔だった。
その時のことだった。
「友情ごっこはそれぐらいにしてもらおうか」
低い、よく響き渡る男の声がした。三人の視線がそこへ集中する。
誰もいないと思われた旧校舎の扉が開き、中から誰かが現れた。
その初老の大男は洗脳された校長先生だった。だが、もちろんここへ来たばかりのみか達には彼がこの学校の校長先生とも、洗脳されているとも、何故怒っているのかとも分からなかった。
「指揮官様はうるさいものがお嫌いなのだ。邪魔だてするものはこの朝空のチリとなるがいい!」
校長先生は血気盛んにその右足を踏み出すと、いきなりみか達めがけて殴りかかってきた。
みかはどうしたら良いのか判断に迷った。
その時だった。
突然天から光のレーザーが降ってきて校長先生の背後の地面に突き刺さった。
思わず足を止め、振り返る校長先生。
まぶしい閃光がほとばしり、吹き上がる強力な爆風が校長先生の体を直撃し、大空へと舞い上げた。
みか達は目をつぶり、必死に地面にしがみついて耐えた。
旧校舎がミシミシと音を立てて揺れ動く。
コイの入った水瓶がぐらぐらと揺れ、爆風に流されていく。
荒野にひっそりと立ち並ぶ枯れ草や枯れ木の群れがざわざわと鳴り響く。
永遠にも思えた時間だったが、それは一瞬のことだった。校長先生の体が盾になったおかげからか、みか達は幸いにも無事だった。
みかはゆっくりと目を開けて立ち上がった。
周囲はあいもかわらず同じような荒野だった。
旧校舎はあれだけの爆風を受けてもなお平然と以前と変わらぬ姿でそこに立っていた。長い年月を生き抜いた歴史の生き証人はいまにも崩れ落ちそうに見えてもこれぐらいの衝撃にはびくともしないものらしい。
「みかちゃん、大丈夫?」
隣に立っていたけいこがたずねてきた。
「うん、わたしなら大丈夫」
みかはもう一人の友達の姿を探してきょろきょろとあたりを見回した。遠くの方でソリに乗せた何か黒い物のホコリをポンポンと払っているゆうなの姿が目に入った。
彼女がふと顔を上げる。視線があって、みかは笑顔を送った。
「あの子も無事だったんだ。良かった。そうだ、コイさんは」
みかはコイさんの様子を見に水瓶の方へと走っていった。
水瓶は爆風で遠くの方まで流されていたが、コイさんは何事も無かったかのようにくるくると泳いでいた。
あれだけの爆風を受けて水瓶が引っ繰り返らなかったのは、みかの日ごろの行いが良かったおかげかもしれない。
みかは水瓶の中に手を突っ込んでコイさんの頭をなでてやった。
「みかちゃん、そろそろ入学式の始まる時間だよ」
けいこがみかの所へ走ってきて、腕時計を指さして言った。
「あ、そうか。そういうのもあったね。うーん、コイさん、どうしよ」
「置いていくしか仕方ないんじゃないかな。かわいそうとは思うけど」
「わたしが見ててもいいけど」
そう提案したのは、いつの間にかすぐ側まで近づいてきていたゆうなだった。
その意見をけいこがすぐに却下する。
「駄目! 入学式をさぼったりなんかしちゃいけないよ!」
「入学式?」
ゆうなはけげんそうに眉をひそめ、そして、知らない言葉でも聞いたかのように考え込んだ。
この子もみかちゃんと同じでどこか抜けているのかもしれない、とけいこは思った。
「じゃあ、コイさん置いていくしかないね。ごめんね、コイさん。後で迎えに来るからね」
みかは名残おしそうにコイをなでてやると、けいことゆうなと一緒にその場を後にした。残されたコイは寂しそうにクルクルと泳いでいた。
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