第12話 そして入学式

 こうして、一つの事件は解決し、入学式が始まった。

 校長先生が見当たらないとかで少しざわざわとした入学式だったけれど、他には特に何事もなく無事終了した。

 親はいつも通り仲良し同士で楽しそうに喋りあっている。心配をかけさせるわけにもいかないので、みかとけいこは朝の事件のことは黙っておくことにした。

 それに言っても信じてくれないだろうし、ゆうなが責められることにでもなったら可哀想だ。決して怖いだけの事件でも無かったんだし、ゆうなやコイさんとも友達になれた。この事件のことは自分達の思い出の中にしまっておくのが一番良いとみかは思った。


「みかちゃん、いつになく深刻な顔して何かあったの?」


 みかの表情に気がついたのだろう、みかのお母さんがたいして深刻でも無さそうな顔できいてきた。


「ううん、なんでもないの。ただ、とっても楽しいことがあったのよ」


 慌てて表情を取り繕い、にっこりと微笑むみか。総じて振り返ってみれば、確かにそれはとても楽しいことのように思えた。


「そう、良かったね。後でお母さんにも聞かせてね」

「うん、少しだけね。いっぱい話しちゃうと幸せって逃げちゃうんだから」

「みかも言うようになったわねー」

「この前読んだ絵本の言葉だよー」


 そう言って、彼女達は笑いあうのだった。




 さて、気になるクラス割りだけど。

 みかとけいこはのんびりと話ながらゆっくり歩いている親達を置いて、先に校舎の横の校庭へと走ってきた。そこの壁にはクラス毎に振り分けられた名前の紙が貼り出されている。


「ゆうなちゃん、速いー」


 みかとけいこがかけつけて来た時にはいつの間に先回りしたのか、ゆうなが壁の紙を眺めて立っていた。


「別にそれほどでもないけど」


 涼しい顔をしてそんなことを言ってのける彼女の額をみかは軽く突いてやった。


「それほどでもあるのー」

「みかちゃんって遠慮ってものがないよね」


 みかの横でけいこが笑う。ゆうなは気にしていないような真顔で二人の顔をみつめている。


「何が」

「ううん、なんでもない。それよりクラスはどうなってるのかな」


 みかとけいことゆうなは三人仲良く並んで、校舎の壁に張り出されたクラス割りの紙を眺め上げた。ずらりとたくさんの名前の列が1組、2組……と組毎に分類されて並んでいる。


「ひーらーぐーちーひーらーぐーちー」


 あいうえおの順番に並んでいる目の回りそうなほどのたくさんの名前の列の中から、みかは自分の名前を拾い出そうと呪文のように名字を繰り返しながら、右から左へとその紙を眺めやった。

 紙は長い。じっと立って眺めているだけでは足りないので、歩きながら自分の名前を探していく。


「ひーらーぐーちー……あっ! あった! 平口みか!」


 その目がついに目的の名前を捕らえた。


「良かった、みかちゃん。同じクラスだよ」


 みかの横でけいこが胸に手をあてて微笑んだ。どうやらみかが自分の名前を探す間に、けいこは自分とみかの二つの名前を探し当てたらしい。


「ほんと!? やったー! やったね! ばんざーい!」


 みかはその場でばんざいすると、けいこに抱きついてはしゃぎまわった。ずっと一緒だった親友と同じクラスになれたことはみかにとって飛び上がるように嬉しいことだったのだ。


「みかちゃん! みかちゃん、落ち着いて! どうどうどう」


 けいこは暴れ馬でも抑えるようにみかをなだめようとするが、それぐらいでおとなしくなるような彼女ではない。けいこは長年の経験からそうと分かっていたが、どうしようもないことだった。いや、手はあるかもしれない。


「そ、そうだ! ゆうなちゃんは何組なの?」


 けいこはみかの気をそらそうと慌ててゆうなの方へ話題を振った。

 彼女はまだクラス割りの紙をのんびりと見ていたが、けいこの声に反応したのかおとなしく振り向いた。


「そうだ! ゆうなちゃんだよ! ゆうなちゃん、何組!?」


 みかは標的を変更すると、鼻息も粗くゆうなの方へ近寄った。解放されてほっと一息つくけいこ。

 ゆうなはそんなみかの荒ぶる様子にも躊躇するそぶりを見せず、静かに言った。


「わたしは隣」

「えー、隣なのー! 残念、同じクラスになりたかったのになあ」


 みかはがっくりと肩を落とした。けいこはその肩に手を当ててなぐさめてやった。


「同じクラスが良いの? じゃあ、同じ」


 そんなみか達の様子を見て、どこかぎこちない声でゆうなが言った。


「え!? なによ、それー」


 みかはぶすっと顔を上げて自分のクラスの名前を右から左に辿っていった。けいこも同じように視線で辿る。


「あ、ほら、あそこ。みかちゃんの名前の隣」


 見つけたのはけいこの方が早かった。けいこが指さす先をみかは目線で追う。


「兵藤ゆうな。わたしの名前」


 そんなみかの横でゆうなが腕を上げて空中に文字を書いてみせた。

 みかはきょろきょろと見渡し、そして目的の名前を見つけた。


「ゆうなちゃんてひょうどうさんて言うんだ」

「そうだよ」


 見つけてもらって嬉しそうにゆうなは答えた。


「そっかあ。ゆうなちゃんもけいこちゃんもわたしも同じクラスになれたんだよね! 良かった、良かった、良かったよお、あははー!」


 そして、みかは今度はゆうなとけいこをともに巻き込んで喜ぶのだった。




 入学式が終わり、みか達はそれぞれの教室へ入り、ホームルームがあった。

 生まれて始めて入った教室はなんて言うか、とても真面目で整理されているように感じられた。今日からここで勉強するんだ。そう思うとみかはぴりりと顔が引き締まる思いだった。

 事前に聞いていた予定では今日は簡単な話だけで勉強は明日からということだったけど、みかは緊張していた。

 周りは知らない人達が多くてみかにはよく分からない話題が飛び交っている。みかは真面目な顔で唇をぐっと引き結んで自分の席へと腰掛けた。こんな時緊張をほぐしてくれるけいこの席は残念ながらここからは少しばかり離れていて、みかは緊張に固まったままだった。

 担任の先生が周りのみんなの雑談に軽く注意を飛ばしてからホームルームの話を始めた。先生の注意で簡単に静かになるみんなでは無かったけど、先生は気にせずもっと大きな声で話を続けていった。

 慣れない場所に騒がしい環境に一人でいて、みかは少しずつ不安になってきた。


「ねえ、ゆうなちゃん」


 授業中に話をするのは気がひける思いもしたけど、みかは目の前に座る友達に声をかけた。

 アイウエオの順番で並んだ席配置では兵藤ゆうなと平口みかはちょうど前後の位置関係になっていた。知らない人が多い中で今日会ったばかりとはいえ知っている人がすぐそばにいるのは、みかにとって心強いことだった。


「なに?」


 みかの呼びかけにゆうなはいつもの涼やかな顔で振り向いてきた。


「なんかドキドキするよね」


 みかはほっとして声をかけた。今の気持ちをどう表現したら良いかうまい言葉が思い浮かばなかったけど、なんとなくそんな言葉が口をついて出た。


「うー……ん、そうかも」


 言葉をまよわせ、軽くうなずきながらゆうなが返事を返す。平然とした無表情を装ってはいるが、どうやらゆうなは自分よりも緊張しているみたいだとみかは思った。

 そう思うと気が楽になった。こんな時は自分の方がしっかりとしないと。みかはぐっと気を引き締めた。


「大丈夫だよ、ゆうなちゃん。学校なんてたいしたことないんだから」


 お姉さんのような真面目ぶった声でそう言ってやる。


「たいしたこと……ない? そうなの?」


 きょとんと少し驚いたようにゆうなが言ってくる。始めて会った時はよく分からなくて怖いとも思ったが、この子の反応は素直で面白いとみかは思った。

 調子をよくしてみかは話を続ける。


「そうそう、だから深呼吸してリラックスだよー」

「深呼吸して……リラックスー……リラックス……」


 思うところがあるのか、ゆっくりと目を閉じて深呼吸をしてみかの言葉を反芻するゆうな。しばらくして目を上げて訊いた。


「みかちゃんって、難しい言葉知ってる?」

「うん、本読んでるからねー」


 ゆうなとの話が弾んで、みかは嬉しくなって答えるのだった。


「呼んでる」

「え?」


 しかし、次のゆうなの言葉はなんか突拍子もなくて、みかは思わず不意をうたれてしまった。

 黙って指を前に向けるゆうな。その指先をたどっていくと教壇からこちらを見ている先生がいた。目が合うと先生はにっこりと笑みを浮かべた。


「良い友達を持ったな、平口。おかげで先生も呼びにいく手間が省けて大助かりだ」

「はあ、おかげさまで」


 周囲の喧噪の中で先生はよく通る声で話を飛ばしてくる。みかは慣れない目上の人にどう言葉を返したらいいか迷ったが、大人らしくお父さんの言葉を真似て言ってみた。

 言ってから何か噛み合ってないと思ったが、先生は気にせず話を続けた。

 周りのうるささの中では、みかの声では届かなかったのかもしれない。


「平口、篠崎、兵藤、学校に登校して来る時はきちんと決められた班になってくるようにな。これはみんなとの約束だぞ」


 先生の注意に、周囲のみんなから笑い声やはやし声が湧き上がってくる。みかはみんなから注目を集めた恥ずかしさに顔を赤くしながらぼんやりと考えた。


〈ゆうなちゃんも早く来てたのかな〉


 そう考えると確かにそうだと思う。ゆうなはあのおんぼろの建物の前で待っていたんだし、みか達がたどったあの長い跡をつけたのもゆうなだし、池を埋めたのもそうなら、みかを襲ったのも……

 みかは頭を強く振ってその思考を中断させようとした。しかし、疑問はまだ湧いてくる。あの時みかを襲った力はとても普通の少女の力とは思えなかった。それにゆうなはどうやってあの石の山を片付け、池を埋めたのだろう。

 もしかして、ゆうなこそ宇宙人なのだろうか。いや、夢の中の記憶が確かならゆうなは宇宙人とは別の存在のはずだ。

 みかは耳をふさいだ。嫌な考えを押しのけるように。みかは思いたくなかった。あの闇の中の悪魔のような少女がゆうなだなんて。そして、彼女が自分と宇宙人さんを殺そうとしているなんて。あれは夢、ただの夢。でも、襲われたのは現実だ。でも、何かが変だ。心のどこかでそう思う。思いたい。

 みかは気を紛らわすように、前に座るゆうなに声をかけた。


「ゆうなちゃん、今日は一緒に帰ろうね!」


 声が大きくなってしまったけど、ゆうなは別に驚いた風もなく、こくんとうなずいて返事をしてきた。


「みんな、仲の良いのは結構だが、せっかく先生が良い話をしてるんだから、雑談は終わった後でしような」


 そんなみかの耳に先生の困ったような声が届いてくる。みかは良い話というのが気になって、それからは先生の話に耳を傾けることにした。

 先生は相も変わらない周囲の状況に苦笑を浮かべながらも、へこたれずマイペースに話を続けていった。

 みかはその話を最後まで聞こうと思っていたが、結局暇だったので途中から宇宙人さんとの楽しい空想にふけっていた。

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