第10話 現実と異界の境界線

 その光景はまさに圧倒的であった。

 数千年の年月を誰にも触れられないまま忘れられたかのように荒れ果てた荒野。剥き出しのごつごつとした地面には枯れた木や草がいくつか点在している。

 その荒野の中に建つのはボロボロに朽ちた木造の建物、旧校舎だ。乾いた風がゆるやかに吹きつけ、キイキイと不気味な音を立てている。結構離れている距離なのにまるで目の前に迫ってくるような存在感だ。

 心なしか空や風さえもこの世のものでは無いような感じがする。

 みかには目の前に広がるその光景がとても現実のものであるとは思えなかった。

 ただただ圧倒されて息を呑んで見つめる。


「みかちゃん、行きましょう」


 みかの横でけいこが静かに言った。

 みかはごくりと息を呑んでうなづいた。

 二人はお互いに手をつないでゆっくりと前進を開始した。その手からお互いの緊張感がひしひしと伝わってくる。

 さらに一歩、また一歩と近づいていく。旧校舎の異影がそれに合わせて一歩、また一歩と近づいてくる。

 足元の地面がこの世のそれから荒野のそれへと変わった。そこから彼女達のたどってきた跡はきれいに消えうせていた。

 だが、それはもう必要の無いものであった。

 目の前の荒野の中で何者かの影がゆらりと立ち上がり、振り返った。

 みかと同じ年ぐらいの髪の長いきれいな女の子だった。

 近寄っていくみかとけいこの様子にも全く反応らしい反応を見せず、ただ静かに立っている。

 彼女の足元には小さなソリとそこに乗せられた何か平たくて大きな物、そして金魚鉢のような形をした大きな水瓶がある。

 みかとけいこは彼女から少しの距離を取って足を止めた。

 黒の少女は静かな瞳で二人の姿を見つめていた。




 旧校舎の地下。そこには指揮官とその部下の秘密基地がある。

 椅子に座って静かにお茶を飲みながら指揮官は不機嫌だった。

 彼の前には外の様子が映し出された複数のモニター画面がある。そこには学校の敷地内にいくつか設置した隠しカメラからの映像が映し出されていた。

 校門の辺りや体育館辺りにたむろしている人々の群れ、校舎の玄関口や廊下で固まっている奴らもいれば、校庭や中庭でさわがしく走っている奴らもいる。

 せっかく静かな場所だと思って基地を構えていたのに、こうも人が集まってくると見つかる恐れもある。それに指揮官は騒がしいのは大嫌いだ。

 さすがに遠く離れたこの旧校舎まで来る物好きな奴らは少ないようだったが、それでも三人のガキどもが来ていた。

 指揮官は静かにカップを置いて立ち上がると、かたわらに控えている者に命令した。


「おい、あのうるさいハエどもをおっぱらえ」

「はい、おまかせを。全身全霊にかけて使命をまっとうしてごらんにいれましょう」


 洗脳された校長先生はにんまりとした不敵な笑みを浮かべると、意気揚々と外へと出向いていった。




 地表から遥か上空。澄みきった大空にポツンと銀色のUFOが浮かんでいる。その姿は地球人の目からは捉えることができない。宇宙人の高度な科学で作られた特殊なバリアを張っているからだ。

 そのUFOの真下に広がっているのは小さな島、日本列島。

 指揮官達を追いかけてやってきた宇宙警察のお兄さんはそこから地上を見下ろしていた。


「あー、見つかんねえなあ。あいつらどこ行ったんだあ?」


 手元のパネルを操作する。モニターに映る地上の映像が次々と切り替わっていく。


「あー、多分このあたりだと思うんだけどなあ。めんどくせえよなあ」


 がつんと拳を打ち付ける。指揮官達を見失って彼は少し不機嫌だった。


「あー、撃ちてえ。思いっきり撃ちまくりてえ。派手に焼き尽くしてえ」


 目の前に映し出されている日本列島という島はいかにも撃ってくださいといわんばかりの大きさと形をしていると思った。それにじっと見ていると、まるで撃てないこちらにあっかんべーをして挑発しているようにも見える。何故撃っちゃいけないのか。

 宇宙警察の若きエースと自分では認める彼は撃つのが好きだった。彼が宇宙警察に入ったのは、犯人と派手な銃撃戦ができると期待してのことだった。映画に出てくるガンマンは常に彼の羨望の的だった。

 しかし、彼は撃たれるのは嫌いだった。彼は弱くて撃ちがいのある敵を求めていた。

 彼はここまでひたすら逃げ回る指揮官達のUFOをレーザーを撃ちまくりながら追いかけてきた。格好のカモだと思っていた。

 それがこの星に降りて忽然と姿を消してしまった。彼は待つのが嫌いだった。


「あー、むしゃくしゃするなあ。一発ぐらい撃っても良いよなあ。犯人をあぶり出すためだもんなあ」


 もちろん良くなんて無かった。文化未発達の異星人との接触は銀河の条例で固く禁止されている。破壊行為なんてもっての他だった。

 しかし、彼はレーザーの発射スイッチを押してしまった。どうにもむしゃくしゃして我慢がならなかったのだ。調子に乗って二回、三回とさらに続けて押してしまう。

 結局合計8本のレーザーが平和に眠る日本列島目がけて振り降ろされていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る